ロシアゲートの発端は、トランプ(共和党)、ヒラリー・クリントン(民主党)の両候補が争った米大統領選中の昨年夏、民主党全国委員会へのサイバー攻撃が発覚し、同委幹部らのメールが流出した事件。同12月9日、ワシントン・ポスト紙は米中央情報局(CIA)の秘密報告書を引用し、サイバー攻撃はロシア政府機関のハッカー集団によるもので、クリントン氏の当選を妨害し、トランプ氏の勝利を支援するものだったと報じた。
このほか、「トランプ陣営関係者がロシア政府による選挙干渉を支援」「ロシア側と対ロ制裁について秘密裏に協議」「ロシア絡みで不透明なカネの流れ」といった「疑惑」が相次ぎ浮上。今年5月に米連邦捜査局(FBI)のコミー長官を突如解任したトランプ氏の司法妨害疑惑も加わった。
米主流メディアはこれらの「疑惑」について繰り返し報道してきた。しかしワシントン・ポストによる最初の報道から半年以上が過ぎた今でも、「疑惑」を裏づける証拠は判明していない。
「米側の共謀、根拠乏しく」
米メディアの報道を受け売りしていた日本の報道機関も、さすがに冷静になり始めたようだ。日本経済新聞は7月7日、「米側の共謀、根拠乏しく」と題し、元米大統領法律顧問ピーター・ワリソン氏のインタビュー記事を掲載。同氏は「政府や議会の関係者がこぞって内部情報を漏らし、メディアもそれを十分に検証しないで一斉に報じている」などと厳しく指摘した。
米国内でも以前から、「疑惑」報道に対する批判はあった。ウィルス対策ソフト開発の先駆者であるジョン・マカフィー氏は今年3月、ロシアの通信社スプートニクの取材に答え、こう述べている。
「断言してもいいが、民主党全国委にサイバー攻撃を仕掛けたのはロシアではない。使われたソフトウェアが古すぎる。政府のハッカーなら、最新版より機能が劣る古いバージョンのソフトは使わない」
マカフィー氏はさらに、「サイバー攻撃の犯人を特定するのはほとんど不可能。優れたハッカーは自分の痕跡を隠し、誰か他人の仕業に見せかけることができる」とも指摘している。
かりにロシアによるサイバー攻撃が事実だったとしても、大統領選の行方を左右するほど大きな影響力があったとは思われない。それを何より如実に示すのは、トランプ大統領もしばしば指摘するように、当時のオバマ政権がサイバー攻撃を知りながら、なんの手も打たなかったという事実だ。
もしサイバー攻撃がそれほど重大なら、オバマ大統領は同じ民主党のクリントン氏を守るため、すぐさま対応したはずだ。ところが実際には何もしなかった。ニューヨーカー誌3月号の記事によれば、当時はクリントン氏が選挙戦で優位に立っていたため、オバマ大統領は積極的な反応を控えたという。もし強硬に対応すれば、勝てる選挙を無効にしてしまいかねないからだ。
米国の武力によるクーデターや体制転換
別のもっと重要な意味でも、ロシアのサイバー攻撃など大したことではないといえる。それは米国自身がこれまで世界中で行ってきた武力によるクーデターや体制転換などに比べれば、児戯に等しいということである。
冷戦終結後、米国はイラク、アフガニスタン、イエメン、シリア、南スーダン、ソマリア、ウクライナなどで軍事介入を繰り返してきた。これらの国はいずれも内戦状態に陥り、国民は死の恐怖と隣り合わせで暮らす。
ロシアを非難するクリントン氏自身、国務長官時代に北大西洋条約機構(NATO)軍によってリビアのカダフィ政権を崩壊させ、今に続く同国の混乱を招いた。選挙への介入程度であれば、さらに多数に上ることは想像に難くない。
こうした米国自身による暴力的な介入と比べると、かりにロシアによるサイバー攻撃があったとして、それを大げさに騒ぐことがばかばかしく見えてくる。
クリントン一家と金
似たような話はほかにもある。今年2月、マイケル・フリン大統領補佐官(当時)が昨年12月に民間人の立場でロシアの駐米大使と対ロ制裁をめぐって協議したことが違法だと指摘され、辞任。翌月、フリン氏が2015年にロシアの政府系メディア「RT」などから講演料として計約5万6000ドル以上の支払いを受けていたとして、民主党議員が問題にした。
しかしジャーナリストのロバート・パリー氏によれば、ヒラリー氏の夫であるビル・クリントン元大統領はモスクワで行った講演の対価として、ロシア政府系の投資銀行から50万ドルを受け取ったという。フリン氏の受け取った金額の10倍近い。
さらにクリントン一家が主宰するクリントン財団は、何年にもわたりサウジアラビアから数百万ドルを受け取っている。サウジアラビアは中東と北アメリカの聖戦主義者を支持し、9.11テロ実行犯の大部分を生み出し、米国の外交政策に大きな影響力を及ぼしている。米国民にとってはフリン氏がロシアからわずかな金額を受け取ったことよりも、はるかに大きな問題のはずである。
「第2の冷戦」を煽る情報機関
もしサイバー攻撃を仕掛けたのがロシアでないとすれば、誰がやったのか。
ひとつのヒントがある。内部告発サイト、ウィキリークスは今年3月、大量のCIA機密文書を公開した。それによると、CIAは他国が生産したサイバー攻撃ソフトを所有しており、それにはロシア製ソフトも含まれる。つまりCIAは自分で民主党全国委をサイバー攻撃し、ロシアの仕業に見せかけることもできたわけである。
弁護士で平和活動家・著作家のダン・コバリック氏は「CIAがロシアを陥れるために民主党全国委の電子メールを入手し、漏らしたと疑うのはもっともなこと」と述べる。4月15日の本連載でも指摘したように、CIAは米国の軍事介入を正当化する偽情報を流布してきた前歴がある。2003年のイラク侵攻前には同国が大量破壊兵器を保有していると主張したが、結局事実ではなかった。
CIAは米ロの緊張緩和に反対している。ロシアをサイバー攻撃の犯人に仕立て上げたとしても不思議ではない。
トランプ大統領は少なくとも外から見る限り、ロシアのプーチン政権と友好関係を築こうとしている。その動機が商業的利益にあるとしても、友好そのものは間違っていないし、日本にとっても歓迎すべきことである。薄弱な根拠に基づいてロシアを悪者扱いし、「第2の冷戦」を煽る情報機関やメディアに踊らされないようにしたい。
●参照文献(本文に記載したものを原則除く)
Trump, Putin, and the New Cold War(2017.3.6, newyorker.com)
WikiLeaks Releases Trove of Alleged C.I.A. Hacking Documents (2017.3.7, nytimes.com)
John McAfee : ‘I Can Promise You It Wasn’t Russia Who Hacked the DNC’(2017. 3.21, sputniknews.com)
Dan Kovalik, The Plot to Scapegoat Russia: How the CIA and the Deep State Have Conspired to Vilify Putin(2017, Skyhorse Publishing)
(Business Journal 2017.07.17)*筈井利人名義で執筆
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