配偶者控除とは、配偶者(妻)の収入が103万円以下の場合、世帯主(夫)の給与所得から38万円を引き、世帯主の納税額を少なくする仕組み。主婦の妻がパートで働く場合、世帯全体の手取り額が減るのを防ごうと、自らの収入を103万円以下に抑えようとしてしまう。これは「103万円の壁」と呼ばれ、女性の社会進出を阻む原因とされてきた。
今回の見直しでは、控除を受けられる配偶者の年収を103万円以下から150万円以下に引き上げたうえで、世帯主の年収に基づく所得制限を新たに導入することになった。
ところで配偶者控除をめぐる議論で、気になる表現がある。配偶者控除は「主婦の特権」というものだ。
なるほど、共働きで夫婦とも稼ぎが多ければどちらにも税がかかるのに、妻が主婦で一定以下のパート収入しかなければ税控除を受けられるから、特権に見えるのも無理はない。しかし、その見方は果たして正しいだろうか。「主婦の特権」をなくすため、控除を廃止したり控除の条件を厳しくしたりするべきだろうか。
配偶者控除に限らず、税控除や免税、ある種の節税などが特権と批判されるケースは少なくない。
たとえば超高層のタワーマンションを使った節税だ。景観のよい高層階の部屋は、低層階と同じ面積でも取引価格が高い。一方で、部屋にかかる相続税や固定資産税は面積で決まるため、取引価格の割に税金が安い。このため富裕層の間で節税策として購入する動きが広がり、「富裕層の特権」と非難された。
政府はこうした声を受け、2018年以降に引き渡す新築物件を対象に高層階の固定資産税と相続税を引き上げる。これは富裕層の特権を許さない政策として喜ぶべきだろうか。
税控除の撤廃・縮小を求めるのは間違い
結論からいえば、これらに代表される税控除や免税、税制の抜け穴を利用した節税などを特権と呼ぶのは正しくないし、その撤廃・縮小を求めるのは間違っている。
税控除や免税が特権でないことを理解するには、まず本当の特権がどんなものか考えるとわかりやすい。政府が与える特権の典型は補助金(助成金、交付金などとも呼ばれる)だ。
たとえばトランプ次期米大統領が脱退する方針を表明した環太平洋経済連携協定(TPP)について、日本政府はこれまで約1兆1900億円もの関連予算を組み、一部はすでに使ってしまった。そこには農業向けを中心に多額の補助金が含まれる。
また、原子力発電所がある地域の自治体には、いわゆる電源三法に基づき補助金が交付されてきた。原発という「迷惑施設」の受け入れを促すためだ。電気料金に上乗せされる電源開発促進税の一部が原資となる。
補助金の場合、補助金に使われるお金(税金)をもともと稼いだ納税者は、そのお金を自分で使うことができない。一方、補助金の受領者は本来自分のものでないお金を使うことができる。これは政府権力の介入によって可能になる特権である。
対照的に、税控除や免税、節税の場合、納税者は本来自分のものであるお金を持ち続けるだけだ。自分で稼いだお金は、その人が金持ちでも貧しくても、日本国籍でも外国籍でも、本来自分のものである。手元により多くのお金が残るからといって、補助金とは違う。だから特権と非難するのは正しくない。財産権という当然の権利である。
奴隷根性
政府は特定の業界や団体、企業に特権を与えるつもりで税を軽減する場合もある。最近それが露骨だったのは、米国における空調大手キヤリア社に対する減税だ。
同社は、ペンス次期副大統領が知事を務めるインディアナ州から10年間で700万ドル(約8億円)の減税措置などを受ける見返りに、メキシコへの工場移転計画を見直した。トランプ次期大統領は「1100人の雇用を守ることができた。とてもすばらしい」と自賛した。
米政府がキヤリア社に対する減税分を他の増税で賄うとすれば、他の国民にとっては迷惑である。それでも同社に対する減税を特権と非難するのは正しくない。減税で手元に残るお金は、もともと同社のものだからだ。
同様に、主婦のいる家庭に対する税控除や、富裕層によるタワーマンション節税を特権と非難するのは正しくないし、それを特権と呼ぶのは間違いである。
税軽減を受けられない他の納税者が、自分の負担が重くなったと感じ、特権だと非難したくなる気持ちはわかる。しかしそれはたとえるなら、奴隷が自由になった仲間をねたみ、憎むようなものである。悪いのは自由になった奴隷ではない。他の奴隷に自由を許さない奴隷主である。
減税措置を受ける人は悪くない。悪いのは無駄な補助金を削ろうともせず、他の納税者に負担を押しつける政府である。
ところが多くの人々は減税措置を受ける人を責め、政府がその「特権」をなくそうとすると、自分が楽になったわけでもないのに喝采を送る。まるで逃げた奴隷を連れ戻す奴隷主を「ご主人様」と崇めるようにである。
このような国民は政府にとって何と御しやすいことか。私たちが情けない奴隷根性から抜け出さない限り、税の苦しみから逃れることはないだろう。
(Business Journal 2016.12.14)*筈井利人名義で執筆
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