左翼知識人や過激なフェミニストは、男女間の経済格差は、家庭や学校での性差別的な教育や、資本主義の仕組みに原因があると批判する。フランスの作家、ボーボワールの「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」という言葉は、そうした見方をよく表す。
けれどもこうしたイデオロギー的な見方に対しては、近年活発な脳科学や進化心理学の研究に基づき、異論が唱えられている。男性と女性の脳組織には顕著な違いがあり、興味や関心、知能や感情などさまざまな面に影響を及ぼすのだ。
こうした科学的事実の指摘は、今なお一種のタブーだ。ベストセラーになった橘玲氏の著書『言ってはいけない』(新潮新書)によれば、米ニューヨーク・タイムズの女性記者は、社会的成功を手にした高学歴の女性たちが自らの意思で続々と家庭に戻っていく現象について「男と女は生まれながらにしてちがっている」と記事で述べ、女性差別を正当化するものとして反響を巻き起こした。
欧米でも大学やメディアは左翼の支配力が今でも強く、その価値観に反する発言はしにくいのが実情だ。ところが最近、公の場で男女格差をはじめとするタブーに正面から挑戦し、脚光を浴びる知識人がいる。カナダの心理学者、ジョーダン・ピーターソン氏だ。
支持を広めるピーターソン氏
ピーターソン氏は55歳。米ハーバード大学を経て、現在は母国のトロント大学で教授を務める。カウンセリングを行う臨床心理士としても長年の経験がある。
しばらく前まで無名だったピーターソン氏が注目を集めたのは、2016年9月、ユーチューブに動画を投稿し、トランスジェンダー(出生時の性と自身の認識する性が一致しない人)をヘイトスピーチ(憎悪表現)や差別から守るというカナダの新しい法律に反対を表明してからだ。
ピーターソン氏は新法について、実際には言論統制に利用される恐れがあると指摘。それだけでなく、トランスジェンダーに対し「he(彼)」や「she(彼女)」ではなく「ze」「zir」といった男女の区別がない代名詞を使うよう強制されかねない。これは言論の自由の不当な侵害であり、政府が命じようとも自分はこれらの代名詞を使わないと述べた。
同氏は言論の自由をはじめとする個人の自由を強く擁護する。その背景には、若いころ訪ねた冷戦時代の欧州でナチズムや共産主義など20世紀の全体主義に関心を深め、その再来を懸念するようになったことがある。心理学者ユング、哲学者ニーチェ、作家ソルジェニーツィン、ドストエフスキーらの著作に基づいて信仰やイデオロギーが人間社会に及ぼす影響を探り、その成果を初の著書『意味の地図』(1999年刊、未邦訳)にまとめる。
一方、2013年から大学での講義を録画し、ユーチューブに投稿を始める。今年2月26日現在、同氏のチャンネルへの登録者数は86万人に達し、視聴回数は4200万回を超える。2016年半ばからはプロの撮影チームを雇うため、クラウドファンディングで寄付を募っているが、トランスジェンダー差別禁止法への反対が話題となったこともあり、月間5万ドル(約544万円)以上を集めるほどの人気だ。
こうした活動を通じ、言論の自由の抑圧に断固反対するピーターソン氏は支持を広げていく。昨年8月、米グーグルの社員だったジェームズ・ダモア氏が、ハイテク業界における男女不平等問題は男女間の生物学的な違いが原因だとする内部文書を作成し、解雇された後、初めてインタビューに応じたのは大手メディアではなく、ピーターソン氏だった。
男女の経済格差の神話
さて今年1月、そのピーターソン氏がさらに有名になる出来事が起こった。英公共放送チャンネル4の番組に出演し、性と言論の自由に関する同氏の持論をめぐり、女性キャスター、キャシー・ニューマン氏と1対1で議論を戦わせたのだ(動画がユーチューブの公式チャンネルにアップされている)。
ピーターソン氏が英国を訪れたおもな目的は、同じ月に発売を控える2冊目の著書『人生の12のルール』(未邦訳)のキャンペーン。リベラル派のニューマン氏は事前に入手した同書からピーターソン氏の言葉を引用しながら、保守派に人気のある相手をねじ伏せてやろうと迫った。
しかし番組の動画を見れば、ピーターソン氏の圧勝だと多くの人が認めるだろう。
たとえばニューマン氏は、欧米では人々は公平に扱われていると述べるピーターソン氏を批判し、英国で男女間の賃金格差は9%にも達すると強調する。これに対しピーターソン氏は、性別だけに着目した単変量解析ではなく、年齢や職業、関心、人格など複数の要因を考慮した多変量解析によれば、男女間の格差はずっと小さいと指摘した。これは経済学の多くの研究で実証されていることだ。
また、男女平等は望ましいと考えるかと詰め寄るニューマン氏に対し、ピーターソン氏は「それが結果の平等を意味するのであれば、望ましくありません」と明言。男女が自分で自由に選択した結果は同じにならないと述べ、性差別撤廃に特に熱心な北欧でさえ、看護師の男女比はおよそ1対20、技術者はほぼ逆の割合と指摘した。男女が異なる職業を選ぶこの傾向は、前述の橘玲氏の本でも取り上げられている。
約30分の番組中、ピーターソン氏は終始理詰めで議論を進めたが、特に見事だったのは、トランスジェンダー差別禁止法が話題に上ったときだ。
ニューマン氏が「なぜあなたの言論の自由は、トランスジェンダーが感情を害されない権利に勝るのですか」と問うたのに対し、「思考するためには相手の感情を害するリスクを冒さなければならないからです」と答え、「あなただって真理の追求のために私の感情を害するリスクを冒しているでしょう」と喧嘩腰のニューマン氏に切り返したのだ。
思わず絶句するニューマン氏に対し、ピーターソン氏は「一本取りましたね(Gotcha!)」と笑みを浮かべた。圧勝を印象づける瞬間だった。
テレビ討論に勝利したことで、主流メディアではピーターソン氏を危険人物扱いする偏った論調がかえって勢いを増している。しかし科学的知見に基づく同氏の主張に対する理解が広がれば、男女の経済格差の神話が崩れる日は遠くないかもしれない。
<参考動画>
Jordan Peterson debate on the gender pay gap, campus protests and postmodernism (Channel 4 News)
(Business Journal 2018.03.04)*筈井利人名義で執筆
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