Opinion | Wartime spending doesn’t deserve its economy-boosting reputation - The Washington Post [LINK]
【海外記事より】戦争や軍拡の時期になると、当局者や評論家は決まって「軍事支出は経済に良い」という主張を展開します。防衛契約が増えれば工場が稼働し、失業率が下がって国内総生産(GDP)が押し上げられるという理屈です。しかし、アメリカ経済研究所のシニア・リサーチフェローであるジュリア・カートライト氏は、この前提はGDPという指標の性質に対する根本的な誤解に基づいていると指摘します。GDPは個人消費、投資、政府支出、純輸出の合計ですが、統計上、政府が「病院の建設」に投じた10億ドルと、「砲弾の製造」に投じた10億ドルは、全く同じ価値として加算されてしまいます。
健全な経済においては、個人消費や民間投資が主役となります。そこでは、人々が自分の意志と資金で何に価値があるかを判断し、需要に応じてリソースが最も生産的な場所へと流れる「規律」が働いています。これに対し、政府支出にはこうした市場の規律が及びません。公共支出の財源は税金や借金、あるいは通貨増発であり、これらは民間の購買力を奪ったり将来に負担を回したりしているだけで、新たな富を創出しているわけではありません。特に国防調達においては、1万ドルの便座カバーや巨額の予算超過、膨大な官僚的無駄遣いといった歪みが頻発します。さらに、戦争関連の生産物は誰も自発的に購入するものではなく、その本質は「死と破壊」にあります。
歴史を振り返れば、第二次世界大戦中のアメリカではGDPが急増した一方で、国民生活は肉やバター、ガソリンなどの配給制に苦しみました。自動車工場は戦車や爆撃機の製造に転用され、消費財は市場から消え去りました。GDPの数値上は好景気に見えても、生活水準は低下していたのです。これは「大砲」を手に入れるために、文字通り生活の糧である「バター」を犠牲にした結果です。こうしたリソースの転用は長期的な弊害ももたらします。優秀な技術者が消費者の生活を豊かにする技術開発ではなく、レーダーや信管の設計に年月を費やすことで、民間部門のイノベーションは停滞を余儀なくされます。
最近の例でも、2000年代初頭のアメリカの軍事支出増大はGDP成長に寄与しましたが、同時に赤字を拡大させ、後の金融危機の一因となりました。また、現在のロシアもGDPの7%以上を軍事費に投じることで制裁下での経済崩壊を免れていますが、その内実では労働力が生産的産業から引き抜かれ、物不足とインフレが進行しています。崩壊を回避することと、繁栄を築くことは同義ではありません。カートライト氏は、軍事力の維持や必要な戦争を否定しているわけではなく、GDPという指標に対して正直であるべきだと訴えています。経済成長とは単なる支出の規模ではなく、人々の生活を向上させる「価値の創造」を指すべきであり、その基準に照らせば、戦争は繁栄の源泉ではなく、繁栄を妨げる要因でしかないのです。
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