自由の未来財団(FFF)創設者・代表、ジェイコブ・ホーンバーガー
(2022年4月1日)
冷戦はそもそも行われるべきでなかった。冷戦は米国史上最大の過ちの一つであり、米国民の権利と自由を破壊し、多くの死と苦しみをもたらした。
"The Cold War should never have been waged in the first place. Doing so was one of the greatest mistakes in U.S. history, one that came with massive death, suffering, and destruction of the rights and liberties of the American people." -- @hornberger_g https://t.co/HO0d8aKSRn
— FFF (@FutureofFreedom) May 10, 2022
冷戦はまた、米国の政府構造を根底から変え、連邦政府を建国時の小さな政府の共和国から安全保障国家に転換させた。安全保障国家は、当局者が暗殺、誘拐、拷問、無期限拘留、クーデター、独裁国家との同盟など全能の闇の力を行使する全体主義体制の一形態である。
やがて国防総省(ペンタゴン)、中央情報局(CIA)、国家安全保障局(NSA)といった国家安全保障機構は、事実上、連邦政府の別部門となり、最も強力な部門となった。今日、連邦政府を実際に動かしているのはこの部門であり、他の三部門(立法・行政・司法)は支配しているように見せかけながらも、実際には国防総省、CIA、NSAの圧倒的な権力と支配に従属している。
冷戦は国家安全保障機構だけでなく、増大し続ける「防衛」請負業者の軍隊を肥え太らせ、国民を食い物にする、金のなる木のようなものになった。
冷戦の結果、米国はアジアで二度の地上戦に巻き込まれ、韓国とベトナムで10万人以上の米兵が無駄に犠牲になった。
また冷戦は1962年のキューバ危機で、米ソを全面核戦争の寸前まで追い込んだが、この危機は米国の国家安全保障体制が引き起こした部分が大きい。
おそらく最も重要なことは、冷戦が米国民の良心を萎縮させ、道徳価値をゆがめ、曲解させたことである。この現象は、残念ながら今日まで続いている。
なぜ米国は冷戦に踏み切ったのだろうか。ケネディが平和演説で指摘したように、結局のところ米ソは第二次世界大戦でナチス・ドイツを倒すために手を組んだ。なぜ、戦争が終わった後も協力し合うことができなかったのか。なぜ米国は第二次世界大戦が終わった途端に、戦時中のパートナーかつ同盟国と冷戦状態に入る必要があったのだろうか。
ナチスドイツはロシアに侵攻し、全土制覇の寸前まで追い詰めた。その過程で、ロシア全土に甚大な死と破壊をもたらした。戦争が終わるまでに、ロシアは2000万人以上の人々を失った。また工業力も含め、国全体が壊滅的な打撃を受けた。
ソ連軍はナチス軍をドイツに押し戻すために、やむをえず東欧諸国に侵攻し、占領した。ドイツが降伏するまでに、ソ連は東欧諸国とドイツの東半分を占領していた。
戦争が終わった後も、ソ連は自国の国境に戻ることを拒否し、東欧と東ドイツの占領・支配を続けることにこだわった。ソ連の行動は法的には正当化できないが、現実的には理解できるものだった。ソ連はドイツに再び侵略されることを望んでいなかった。そのための緩衝材として東欧に目をつけたのだ。またドイツの分割は、ドイツの侵略に対するさらなる保険になると考えていた。
米国はこのソ連の決断を冷戦の正当化に利用した。ソ連の東欧・東ドイツに対する強硬な行動は、共産主義者が西欧や米国を含む世界の征服に執念を燃やしていることを証明するものだ、と。だからソ連の攻撃から西欧を守るために、NATOをつくったというわけだ。
しかし、その根拠はまったくのでたらめだった。ソ連が西欧に対して新たな世界大戦を始める合理的な可能性はまったくなかったし、とくにそれは、ほぼ間違いなく米国との戦争を意味するものだった。第二次世界大戦の終結時、ソ連は壊滅的な打撃を受け、米国はまだその産業力を保っていた。しかも米国は核兵器を持っており、人口密集地に対して核兵器を使用する意思も示していた。
米国内には、米国の政府体制を安全保障国家に転換させようとする人々がいた。そのためには米国民を死ぬほど怖がらせる必要があった。「神なき共産主義」とソ連がその役目を果たした。赤軍が自分たちを捕まえに来るのだと米国人に思い込ませたのだ。連邦政府を国家安全保障に転換しなければ、赤軍は米国の征服に成功するだろうというのである。やがて共産主義者が連邦政府と米国の公立学校を牛耳るようになるだろうというわけだ。
日本軍の真珠湾攻撃以前、ほとんどが参戦に反対していた第二次世界大戦によって大規模な死と破壊に襲われ、いまだに衝撃を受けていた米国人は、受け身になって米当局者の判断に委ねた。ケネディ上院議員(後の大統領)をはじめ、ほとんどの人が冷戦の戦士、反共産主義者の十字軍になった。
米国では、共産主義を信奉する人々を徹底的に追い詰めた。殺しはしないが、破壊するためにあらゆる手を尽くした。マッカーシーの公聴会では、過去に共産主義とのつながりがあった米国人を洗い出し、解雇し、破滅させるためにあらゆる手を尽くした。さらに連邦捜査局(FBI)とCIAは、米国共産党や、米政府の対キューバ政策、とくにキューバ国民を死と貧困の標的とする残忍な経済封鎖に反対する全国組織「公正キューバ委員会」などへの潜入と破壊に全力を尽くしたのである。
その過程で米国人のほとんどは、自由の基本原則を忘れてしまった。自由な社会では、人々は、他人がどんなに危険で有害だと考えても、どんな政治経済思想でも信じ、それを主張する当然の、神から与えられた権利がある。自由な社会では、そのような権利の行使を妨害するのではなく、保護することが政府の役割である。
米国の共産主義者たちは、その自覚はなかったかもしれないが、じつは幸運な人たちであった。国防総省とCIAは、外国の共産主義者に対して全然異なる対応をとったからだ。連邦政府が安全保障国家に転換したことで、軍とCIAの幹部は、共産主義を信じたり主張したりする外国人を実際に殺害する権限を振るうようになった。そこで登場したのが暗殺の権限である。CIAと国防総省は、外国の共産主義者を暗殺する権力を振るうようになった。
(次より抄訳)
Let’s End the Cold War Racket – The Future of Freedom Foundation [LINK]
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