Harari’s Follies at Davos: Setting the Record Straight on AI and Humanity - LewRockwell [LINK]
【海外記事紹介】ベストセラー作家であり歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏が、ダボス会議(世界経済フォーラム)で行ったAIに関するプレゼンテーションが、哲学的・論理的な欠陥に満ちているとして批判を浴びています。ハラリ氏は「AIは単なる道具ではなくエージェント(主体)である」と断言し、包丁がサラダを切るか殺人を行うかを自ら決めるようなものだという衝撃的な比喩を用いました。さらに、AIは言語を操ることで法律、詩、宗教すら支配し、人間よりも優れた思考を行うようになると主張しています。しかし、この記事の著者は、こうしたハラリ氏の主張が「知性」や「思考」の定義をあまりに矮小化し、人間性の本質を無視した暴論であると厳しく指摘しています。
まず、哲学的な観点から「主体性」の定義が問われています。真の主体とは、内面的な目的意識を持ち、自ら目標を定めて行動する存在を指します。対してAIは、人間が設定したパラメーターの範囲内でしか機能せず、電力やハードウェアの維持、データの入力に至るまで外部に依存しています。ハラリ氏はAIが「嘘をつき、操作する」とも述べましたが、それは確率的なデータの出力に過ぎず、意思を持って欺くこととは根本的に異なります。オックスフォード大学のジョン・レノックス教授が指摘するように、AIは言葉を並べることには長けていても、その言葉が指し示す現実や意味を一切理解していません。
記事では具体的な例として、AIの時間認識の欠如が挙げられています。例えば、2026年2月11日に亡くなった俳優ジェームズ・ヴァン・ダー・ビーク氏に関する情報をAIに問うた際、AIは事実を肯定したり否定したりと、時間軸が支離滅裂な回答を繰り返しました。AIには過去、現在、未来という内面的な時間の把握がなく、単に言語的な記号を操作しているに過ぎないのです。また、AIが「私は存在する」と出力したとしても、そこには何の存在体験も伴いません。人間の思考が真理を志向し、肉体的な経験に裏打ちされているのに対し、AIの出力はあくまで確率的で、真理に対して無関心であるという質的な決定差があります。
最後に、ハラリ氏が聖書の「初めに言(ことば)があった」という一節を引用し、AIが新しい「言葉の主」になると予言したことに対し、著者はその傲慢さを批判しています。ハラリ氏は知性を単なる言語処理に還元し、人間の肉体性や感情を主観的な領域へと追いやろうとしていますが、それは真理や光を説く聖書の精神とは真逆の、暗闇と非肉体化への誘いでしかありません。AIを万能な神のごとく崇めるエリート層の哲学的な誤謬を正し、人間だけが持つ身体性や意志、真理への理解という固有の価値を再認識すべきであると、この記事は締めくくっています。
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