The Full Story of 1983 Beirut Barracks Bombing (That Pete Hegseth Won't Tell You) | The Libertarian Institute [LINK]
【海外記事紹介】トランプ大統領やヘグセス国防長官がイランへの攻撃を正当化する際、必ずと言っていいほど言及するのが、241名の米軍兵士が犠牲となった1983年のベイルート米海兵隊宿舎爆破事件です。しかし、作家のジム・ボバード氏は、この悲劇が現在の戦争の口実として利用される一方で、当時の米政府による「失策」と「欺瞞」の側面が意図的に無視されていると指摘しています。
1982年、レバノン内戦の最中にイスラエルが侵攻したことを受け、米軍は停戦監視のためにベイルートへ派遣されました。当初の「平和維持活動」はやがて変質し、米軍はキリスト教系のレバノン政府軍を支援・訓練するようになります。これがイスラム教勢力の反感を買い、米軍は中立な調停者ではなく、紛争の当事者と見なされるようになりました。事件直前、米海軍がイスラム勢力側に艦砲射撃を行ったことが、宿舎爆撃の直接的な引き金になったという見方が軍内部でも有力でした。
1983年10月23日、爆薬を満載したトラックが宿舎に突入しましたが、当時の警備体制は驚くほど脆弱でした。事前にCIAから攻撃の警告があったにもかかわらず、司令官たちはテロを主要な脅威と見なさず、衛兵の銃に弾丸さえ込めていなかったことが後の調査で判明しています。レーガン大統領は当初「攻撃は不可避だった」と国民に説明し、責任の所在を曖昧にしました。最終的に「責任はこの執務室にある私にある」と述べつつも、誰も処分せず、休暇に旅立つことで幕引きを図りました。
ボバード氏は、この事件が証明しているのは「イランが常に宿命的な敵であること」ではなく、当時の政権がいかに無謀な介入を行い、自軍の防衛に失敗し、その失策をプロパガンダで塗り固めたかであると論じています。現在、再び同じ事件を理由にイランへの戦争が叫ばれていますが、歴史の教訓を歪めて利用することの危うさを、この記事は冷静に突きつけています。
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