秋田県立金足農業高校の活躍が話題を集めた100回目の夏の甲子園、2018年全国高校野球選手権大会では、12年ぶりに出場した高知商業高校がベスト16入りを果たした。「鵬程万里果てもなき」で始まる高知商の校歌は、ユニークなことで知られる。
2番の歌詞はこうだ。「天にそびゆる喬木を/レバノン山の森に伐り/舟を造りて乗り出でし/フェニキア人のそれのごと」(竹村正虎作詞)
フェニキア人とは、古代地中海に栄えた商業民族。シドンやティルスなどの海港都市国家を建設し、レバノン杉を用いた優れた造船技術や航海術を使って、地中海交易を営んだ。キプロス島やギリシャといった東地中海から、さらに西地中海に進出し、有名な北アフリカのカルタゴをはじめ、遠くはイベリア半島に至る多くの植民地を築く。前8世紀まで地中海交易の中核を担った。
ティルスでは、前8世紀ころまでに西アジアや地中海各地の商品が扱われるようになった。近隣からは穀物、メソポタミア地方からは織物、アルメニア地方からは馬、ラバ、エーゲ海のロドス島を経由して象牙や黒檀(こくたん)、キプロス島とサルデーニャ島からは銅、イベリア半島南部からは銀をはじめとする鉱物資源がもたらされた。
高知商の校歌に歌われたフェニキア人は、商機を求め、危険を冒して荒海に乗り出す勇者である。しかし世界最古の商業民族の一団である彼らは歴史上、必ずしも好意的な目で見られてこなかった。
旧約聖書「エゼキエル書」によれば、フェニキア人の都市ティルスは、その富ゆえにバビロニアの王ネブカドネザル2世に破壊される。エゼキエル書はフェニキア人を「お前は取引に知恵を大いに働かせて富を増し、加え、お前の心は富のゆえに高慢になった」と非難する。古代ギリシャの詩人ホメロスはフェニキア人を容赦なく批判し、彼らは海賊に違いないとほのめかす。
ティルスの植民者が築いたカルタゴに対しては、ローマと軍事的に対立したからか、さらに手厳しい。ローマ時代の歴史家アッピアノスは「カルタゴ人は隆盛なときには冷酷で傲慢であり、ひとたび逆境に陥ると卑屈になる」と非難した。伝記作家プルタルコスも「楽しみやこの世の快適さには、あまり関心をもたない」と評する。
ある研究者はプルタルコスに同意し、こう記す。「ギリシャ人にとって、カルタゴの町は何ともつまらぬ退屈な生活の場に映ったことだろう。劇場もなければ、競技場も見られない。催しものといえば、宗教的な祭りぐらいなもので、彼らを愉しませるものといったら何ひとつなかった。お祭りだけがどんちゃん騒ぎだった。この商人社会では芸術などというものは役にも立たぬものとみなされ、当然、さかんになりようがなかった」
古来、商業に対する蔑視論は少なくない。古代ギリシャの哲学者プラトンは利得のために行う商業の禁止を論じ、その弟子アリストテレスは、利潤目的の商業と高利貸しは富の獲得に限度を知らず、非難に値する職業と指摘した。
古代ローマでも遠隔地方との通商に対する偏見はきわめて強く、高利貸しの高い利潤とともに、商業の高い利潤を非難した。古代キリスト教神学者アンブロジウスは、商人の利得の性質を多く詐欺的だとみなした。
古代世界におけるフェニキア人に対する非難は、こうした商業蔑視論の系譜に属する。しかしそれは他の商業蔑視論と同じく、不当な偏見といわざるをえない。