ところが格差を正面から扱う著作ですら、この肝心な点がすっぽり抜け落ちている場合が少なくありません。その一例は、数年前に世界的ベストセラーとなった仏経済学者トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』です。
日本語訳で本文600ページを超すこの大著を最後まで読んでも、不思議なことに、そもそもなぜ格差が悪いことなのかという理由は見当たりません。
それもそのはず、訳者の一人である山形浩生さんがインターネット上で公開した「訳者解説」でも、「格差が拡大すると何がいけない?」という問いに対する明解な回答は「本書にはない」とはっきり述べられています。
代わりにピケティ氏が記すのは「民主主義的、能力主義な価値観と相容れない」「バルザックやオースティンを使った情緒的な議論」「各種革命や動乱は格差拡大で生じた」といった、「定性的、情緒的な話」でしかありません。
また山形さんは、格差と貧困は違うと正しく指摘したうえで、ピケティ氏がそれをどう考えているか紹介します。それによれば、ピケティ氏は、底辺層が豊かになれば格差があってもいいかもとインタビューなどで述べ、格差がある程度あれば競争促進になるとも述べています。つまり「格差それ自体は問題じゃない」と考えているといいます。
けれどもピケティ氏が格差それ自体を問題視していないとしたら、「r > g」(資本収益率が経済成長率を上回る)などという数式を掲げ、富裕層への富の集中を問題視するかのような分厚い本を書くのは矛盾です。ようするに、なぜ格差が問題なのかという本質を突き詰めないまま書いたり話したりしているうちに、筋が通らなくなってしまったというのが真相ではないでしょうか。
本質をあいまいにしたまま、格差問題という言葉が独り歩きし、それを口実にピケティ氏が主張するように富裕層・中間層への課税が強化されるとしたら、憂慮すべきことです。(2018/01/05)
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