政府の政策担当者はこれまで、どれだけの予算を自分の部署の政策に支出できたかという「支出の大きさ」を主眼に政策形成をしてきました。いまさらながらそれをやめ、政策がどれだけの効果を生み出したかという「政策効果の大きさ」を物差しとして政策立案を行おうというわけです。
統計学を駆使したデータ分析には、たしかに興味深いものがあります。2008年、リーマン・ショックに襲われた米政府は景気を刺激する政策として、低燃費車を高燃費車に買い替えたら約40万円の補助金を与える「ぽんこつ車買い替え支援プログラム」を行いました。
この政策について、車販売数の推移を分析した米国の経済学者は「一時的に駆け込み需要を生んだだけで、結果的には需要の総計を増加させはしなかった」と結論づけたそうです。経済学者の伊藤公一朗氏は著書『データ分析の力』で、日本のエコポイント政策についても米国と同様のデータを収集して分析を行うことは可能なはずだと指摘します。
もし専門家が期待するようにデータ分析が税金の無駄遣いを減らすことに役立つのであれば、おおいに結構なことです。実際、海外ではデータ分析の結果を一つの根拠として学校でパソコン無償給付が停止された例などもあるそうです。
しかし、長い目で無駄減らしに役立つかといえば、懐疑的にならざるをえません。データ分析の専門家が重要なことを見落としているからです。それは政府を動かす政治家たちは欲望をもつ生身の人間であり、自分の利益にならないことはやらないという事実です。
データ分析の結果、ある政策に効果がないと言われても、政治家は自分の利益になる政策であれば、あれこれ言い訳をつくってやめないでしょう。あるいは、やめる代わりに別の新しい政策をより大きな規模でやるでしょう。それは政治家と親しい一部の専門家が不十分な検証のままお墨付きを与えた政策かもしれません。
かつて米ジャーナリストのH・L・メンケンは、政治家にとって最大の関心事は「役得にありつくこと」だと喝破しました。政策の決定権を握る政治家たちが聖人君子でない以上、証拠に基づく政策立案には限界があり、悪用される恐れさえあります。(2017/11/30)
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