研究者、ビルセン・フィリップ
(2022年11月5日)
2022年7月、カナダ政府は、2030年までに肥料の散布による排出量を2020年比で30%削減する方針を発表した。その前月には、オランダ政府が2030年までに一部地域の窒素汚染を最大70%引き下げる施策を実施すると発表した。欧州グリーンディールの規定を満たすためだ。欧州グリーンディールでは、欧州連合(EU)の気候、エネルギー、交通、税制の政策について、2030年までに温室効果ガスの純排出量を1990年比で少なくとも55%削減するのに適したものにすることを目的としている。
Big Agriculture Plans to Make Food More Expensive.
— arvaki (@arvaki) November 8, 2022
Multinational Agrichemical Corporations and the Great Food Transformation | Birsen Filip https://t.co/Ya9yx0wGWi
これに対し、オランダの農業・農村団体は、目標が現実的でないとして抗議を呼びかけ、農民とその支持者が全国で立ち上がった。人為的に作られたグリーンディールは、2015年に国連加盟193カ国で採択された「2030アジェンダ」の目標の一つだ。
2030アジェンダは、国連以外にも、EU、世界経済フォーラム(WEF)や、世界銀行、国際通貨基金(IMF)、世界貿易機関(WTO)からなるブレトンウッズ機関など、多くの国際機関・組織が支持している。またBASF、バイエル、ダウ・ケミカル、デュポン、シンジェンタなど、世界で最も強力な農薬の多国籍企業によって支持されており、これら企業は合わせて世界の農業投入材市場の75%以上を支配している。近年では、中国化工集団(ケムチャイナ)によるシンジェンタの買収、バイエルとモンサントの合併で世界の種子産業が再編された。さらに、2017年にダウ・ケミカルとデュポンが合併してデュポン・ド・ヌムールが誕生した。しかし合併後わずか 18カ月で、農業はコルテバ、材料科学はダウ、特殊製品はデュポンと、三つの上場企業に分割された。
近年、これらの企業はいずれも、農業分野は今後30年の間に大きな変化を遂げるとし、いわゆるグリーン政策への移行を加速するために、それぞれの役割を果たすことを約束する声明を発表している。そして政府に対し、従来の農業から、再生農業や昆虫農法、実験室飼育の食肉などの代替タンパク源に公的資金を振り向けるよう提唱している。
さらにBASF(ドイツ)、シンジェンタ(スイス)、バイエル(ドイツ)は「欧州炭素農業連合」のメンバーである。この同盟にはコパ・コジェカ、クロップイン、欧州保全農業連盟(ECAF)、欧州革新技術研究所(EIT)食品、HERO、プラネット・ラボ、スイス再保険、グラスゴー大学、ヤラ、チューリッヒ保険、世界経済フォーラムといった、「食のバリューチェーンにかかわる組織やステークホルダー」が参加している。もともとこの連合は、世界経済フォーラムの「1億人の農民プラットフォーム」と「欧州グリーンディールのためのCEOアクショングループ」との連携によって生まれたものだ。
欧州炭素農業連合の目的は、農業と農法の転換を加速させることで、欧州の食料生産を脱炭素化することだ。具体的な目標としては、2025年までに食料生産の耕作地の総面積の拡大をゼロにし、2030年までに畜産に使用する総面積を約3分の1に削減する。それにより、同時期までに5億ヘクタール近くの土地を自然生態系の回復のために解放する。世界経済フォーラムによると、このような変化は環境に恩恵をもたらすだけでなく、経済的にも有利になる。食料の生産と消費の方法を変えることで、年間4.5兆ドルの新たなビジネスチャンスが生まれる可能性があるからだという。
BASF社は今後数十年にわたる農業の変革を加速させるため、農家が環境への影響を減らすよう求め、作物1トンあたりのCO2排出量を30%削減し、4億ヘクタール以上の農地にデジタルテクノロジーを採用するよう呼びかけている。また同社は、農家が炭素効率を高め、不安定な天候に強くなるように、窒素管理製品、除草剤、新しい作物品種、生物学的接種剤、革新的デジタルソリューションなど、多くの新製品を広く使用することを支持している。このような変化は、2025年までに売上高220億ユーロというBASFグループの目標に大きく貢献すると推測されている。
一方、中国の国有企業ケムチャイナが出資する世界第2位の農薬企業シンジェンタ社は、気候変動対策と称して「カーボンニュートラル農業」に注力している。具体的には、農家への技術、サービス、訓練の提供と、CO2排出量を抑える遺伝子組み換え新種子の開発を支援している。シンジェンタ社によれば、遺伝子組換え作物は2050年までに世界中で広く使用され、栽培されるようになるとのことである。
シンジェンタ社はまた、再生農業への転換を推進し、より少ない土地でより多くの食料を栽培し、農業による温室効果ガスの排出を減らし、生物多様性を高め、土壌の健康を増進すると主張しているが、これらの主張を裏付ける科学的証拠や長期データはほとんど存在しない。しかし同社は、できるだけ多くの農家が再生農法を広く採用するよう、政府やメディアが後押しする必要があると主張している。
バイエル社も再生農法について、農家が排出する温室効果ガスの量を大幅に削減し、大気中の炭素を除去するのに役立つと主張している。さらに、再生農法に移行し、気候の影響に強い作物を作ることが必要だと主張している。さらにシンジェンタ社と同様に、世界の農業の環境負荷を減らすために、新しい遺伝子編集技術の開発を支援している。バイエル社の予測によれば、農業においてバイオテクノロジーは重要な実現手段となる。それは2050年までに地球上に存在する100億人の人々を養うと同時に、気候変動の影響と戦うために使用される。
バイエル、BASF、シンジェンタと同様に、デュポン社も化石燃料への依存を減らし、生命と環境を守ることに貢献しようとしている。その対応はおもに、肉繊維の食感と外観を再現し、肉や魚の延長または代替に使用できる代替タンパク源の生産・消費を促すことに重点を置いている。デュポン社によれば、2016年、米国人は1人当たり約26キロの牛肉を消費し、その少なくとも半分はハンバーガーの形で食べられる。米国のハンバーガー肉のわずか半分を、乳製品や肉のタンパク質に比べてカーボンフットプリント(総排出量)が最大80倍も低い「SUPRO MAX タンパク質」で置き換えれば、1500万台以上の中型車を道路から取り除くことに相当するという。
世界で最も強力な多国籍農薬企業の一部は、食料・農業分野の変革に関し、中小農場や大衆の利益よりも多国籍企業自身の利益を優先する国際貿易協定から多大な利益を得てきた。とりわけ1994年に採択された世界貿易機関(WTO)の知的財産権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)は、多くの農民の生活を破壊する一方で、BASF、バイエル、ダウケミカル、デュポン、シンジェンタなどの農薬大手を有利にするうえで大きな役割を果たした。これはおもに、TRIPS協定が種子や植物の特許取得を可能にしたためである。
その結果、それまで何世代にもわたって農業を営んできたさまざまな国のハーブや植物が、強力な農業を営む多国籍企業の独擅場となった。特許を取得された植物やハーブは、農家が伝統的に行ってきた種子の保存や植え替えを禁じられ、代わりに特許料を支払わなければならなくなった。
農薬に依存する多国籍企業は、食品産業の研究開発にかつてない影響力を行使し、自らの利益と課題を追求してきたが、一方で、そのビジネス手法が自然環境に有害であることを示すいかなる知見も無視してきた。とくに遺伝子組み換え作物の研究、強力な農薬や合成肥料の開発、これら製品の性能の擁護に力を注いできた。
また、遺伝子組み換え作物の栽培には、合成肥料や農薬が大量に使われ、土壌や水源を大量の有害物質が汚染することを知りながら、その普及を支援してきた。つまり、2030アジェンダで緊急に解決しなければならない環境問題の多くは、こうした農薬関連企業の責任なのである。
2030アジェンダの社会改革によって推し進められている食品産業と食習慣の急激で大規模な変革は、大衆を生活水準の劇的な低下へ導いている恐れがある。20世紀の全体主義の教訓から明らかなように、大規模な社会改革計画による過ちを修正するのは非常に困難である。なぜなら哲学者カール・ポパーの言葉を借りれば、それにはしばしば大きな社会変革や改造を必要とするし、予期せぬ結果や出来事、大規模な破壊という結果、多くの人々の不便を広く引き起こす恐れがあるからだ。
2030アジェンダに基づく、世界の食品産業に人為的な変革を促す懸命な国際協調は、多くの先進社会で文明の振り子が逆回転している事実の証左だ。快適な生活を実現する取り組みは、低い生活水準で必要最低限のものを求める闘いに急速に取って代わられる恐れがある。
大衆は気づかなければならない。2030アジェンダに基づき社会を改造しようとする専門家は〔人を欺く〕偽預言者である。この偽預言者は大衆を誤った方向に導き、餓死させかねない。社会における和解しがたい不和が生じ、食糧をめぐる暴動、紛争、暴力が発生し、経済学者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスがいうように、すべての社会の絆が根こそぎ失われることになりかねない。
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