フランスを中心にヨーロッパで「頭脳流出」が深刻化している。調査によれば、フランスの名門校卒業生の約1万5000人が毎年国外でのキャリアを選び、米国にはフランス国内より多くのユニコーン企業創業者が存在する。主因は高税率による低賃金と「国の衰退」への失望である。この流れはドイツや英国でも見られ、若者や起業家がスイスやUAEへ移住している。著者はこの現象を17世紀のナント勅令廃止によるユグノー(フランス・プロテスタント)の国外流出と重ねる。彼らの亡命はフランス経済を弱体化させ、代わりに英国やスイスの産業発展を促した。フレデリック・バスティアが説いた「見えるものと見えないもの」の教訓――短期的な政治介入が長期的損失をもたらす――がここにも当てはまる。人材の流出は、現在の生産力だけでなく将来の創造力をも奪う「見えない悲劇」であり、集団の繁栄は常に個人の自由で創造的な行動に支えられると結論づけている。
The Tragedy of Expatriation: Europe’s Lost Future | Mises Institute [LINK]
格付け会社S&Pがギリシャの信用格付けを「安定的」と維持したことは、同国が財政規律と制度的信頼を回復した一方、依然として構造改革が未完であることを示した。ギリシャ経済は2023年に実質GDP成長率2.3%とEU平均の倍速で拡大したが、一人当たりGDPは購買力調整後でEU平均の約68%にとどまり、生産性もユーロ圏平均を25%下回る。観光業が成長を支える一方で、輸出・技術革新の遅れ、労働課税の重さ、人口減少やスキル不足が成長を阻んでいる。危機脱却後の安定は確かに成果だが、それは変革ではない。著者は、財政健全化から生産性向上への転換が必要だとし、EU復興基金を活用した構造改革と技術投資による「質的成長」への転換を訴える。ギリシャの次の課題は「安定」から「構造的強さ」への進化である。
Greece’s Growth Story Needs Structure, Not Slogans | Mises Institute [LINK]
17世紀オランダの「チューリップ狂騒(Tulipmania)」は、投機の象徴として語られてきたが、オーストリア学派の視点から再検討すると、その実像はより複雑である。ダグラス・フレンチは、当時のアムステルダム銀行による貨幣供給拡大や信用膨張が資産価格全般の上昇を招いたとし、チューリップ相場を典型的な信用循環の一例として説明する。一方、筆者は契約制度の特殊性に注目する。当時の取引は「地中の球根」の先物契約であり、法的拘束力がなく、少額の保証金で投機が可能だった。この制度が短期的な価格急騰と崩壊を招いたが、経済全体への影響は限定的だった。両者を統合すれば、希少球根の長期的価値上昇は緩和的金融環境に支えられ、1635〜36年の急騰は制度的要因による局地的バブルだったと理解できる。結論として、チューリップ狂騒は「単なる狂気」ではなく、貨幣膨張と制度構造の相互作用が生んだ複層的現象であり、今日の資産バブル分析にも示唆を与える。
Tulipmania Reconsidered, Reconciling Austrian Perspectives | Mises Institute [LINK]
近代初期、政治思想は大きな転換を迎えた。マレー・ロスバードによれば、「国家の理由(raison d’état)」(国家の利益や存続のために、道徳や倫理に反する行為であっても正当化されるという考え方)と絶対主義の登場は、君主の私的利益が「公共の福祉」と同一視される思想的変質を意味した。マキアヴェリは『君主論』で国家権力の維持と拡大を最高の善とし、道徳よりも政治的必要性を優先させた。その系譜を継いだフランスのジャン・ボダンは、王を神のみの被造物とし、主権を無制限なものとして理論化した。これがルイ14世の下で頂点に達する。ルイは自らを国家と同一視し、課税や司法を自らの権能とみなし、「王の利益=国益」という理屈で権力を正当化した。ロスバードは、この「国家の理由」こそが後の国家主義の原型だと指摘する。支配者の利害を「公共善」と混同することで、権力は神聖化され、抵抗は国家への反逆とみなされた。絶対主義の興隆は自由と法の伝統の裏切りであり、現代の中央集権国家の思想的源流である。
Absolutism and the “Reason of State”: Rothbard on the Growth of Statism | Mises Institute [LINK]