2016年5月5日木曜日

〔本〕『国策捜査』


官僚司法の恐怖

小さな政府を主張する経済学者も、司法は政府の役割と認める。しかし本書を読むと、司法こそ権力に一番任せてはいけない領域であることがわかる。人権や真実よりも自分たちの体面や利益を優先する、官僚司法の恐怖。

<抜粋とコメント>
"嫌疑を認めなければ延々と保釈を受けられない。検察側がその根拠として乱発するのは「罪証隠滅のおそれあり」「逃亡のおそれあり」といった得意のフレーズ"
# それを安易に認める裁判所。冤罪なら証拠隠滅するのは警察・検察側。

"何十日も、何百日も保釈を許されず勾留され続ければ、仕事を失い、経済的に追いつめられ、生活の基盤は破壊されてしまいかねない"
# たまりかねて無実でも「罪」を認め、自白調書にサインしたくなるのは当然の心理。

"検察との関係や司法内部の秩序維持といった意識が裁判官を安易に傾かせ、一〇〇%近い有罪率が形成されていった…まさに官僚司法の悪弊"
# 裁判官は正常な判断を下すよりも、司法の安定という虚構を優先。検察・警察の受けもよい。

"検察や警察といった捜査当局の側にベッタリと寄り添い、その尻馬に乗るかのような姿勢で事件を報じるのか。それとも…刑事司法の不合理や捜査の不正義を果敢に摘出していくのか"
# 権力の監視というメディアの役割が問われる。

アマゾンレビューにも投稿。

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