2016年5月28日土曜日

〔翻訳〕原爆というテロ

弓矢(bow and arrow)は攻撃してくる者だけに狙いを定めることが可能だ。しかし核兵器はそれができない。したがって核兵器およびそれに類する兵器の使用・威嚇は人道に対する罪であり、正当化できない。
https://mises.org/library/war-peace-and-state

核兵器を違法と考えるべき国際法上の原則は数多い。不要な苦痛の禁止、過剰防衛の禁止(principle of proportionality)、戦闘員と非戦闘員の区別、中立国に危害を及ぼす行為の禁止、環境破壊の禁止、ジェノサイドの禁止、および人権法の基本原則などだ。
https://mises.org/blog/un-international-law-and-nuclear-weapons

広島・長崎の破壊は戦争犯罪である。それは東京裁判やマニラ軍事裁判で裁かれた日本の将軍たちが犯したどの罪よりも重い。もし(原爆投下を命じた)トルーマン大統領(Harry Truman)が戦争犯罪人でなければ、戦争犯罪人などいないことになる。
https://mises.org/library/harry-truman-and-atomic-bomb

米兵を救うためなら日本の子供を殺してよいということにはならない。それはタリバンの兵士(Taliban soldiers)を救うためなら米国の子供に爆弾を落としてよいと言うのと変わらない。市民を標的にしてその政府を操るのは、テロの定義そのものだ。
http://libertarianstandard.com/2013/08/06/hiroshima-nagasaki-and-the-u-s-terror-state

日本自身、南京事件や従軍慰安婦問題といった残虐行為を深く調べていない罪がある。しかし「みんなそうだ」(“everybody does it”)とは五歳の子供の言い訳だ。原爆投下が必要だったか、米国が調べない理由にはならない。
http://original.antiwar.com/peter_van_buren/2016/04/13/john-kerry-legacy-hiroshima/

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