夏休みもそろそろ終盤。子供の自由研究の手伝いに狩り出される時期です。いいテーマが一つあります。マイナス金利です。
日銀が先日、小中学生向け見学会を開いた際、黒田東彦総裁に「マイナス金利について聞きたいのですが」と質問した子がいて、黒田さんが「また別の機会に……」とかわす一幕がありました。どうやらマイナス金利は小中学校でも注目の的です。
さて、マイナス金利は目新しい試みのように思われていますが、この奇抜な政策のアイデアは昔からあり、1930年代に欧州の一部地域で短期間実施されたことがあります。
アイデアを考案したのは、シルビオ・ゲゼルというドイツ出身の実業家・経済学者です。具体的な仕組みは「スタンプ貨幣」で、一定期間ごとにお札に一定額のスタンプを貼らないと使えなくするのです。普通はお金を銀行に預けておくと一定の利子が付きますが、スタンプ貨幣は保有していると逆にコストがかかりますから、マイナス金利と実質同じです。
今から85年前、オーストリアの町ヴェルグルの町長は、世界恐慌のあおりで町が不況に苦しんでいた1932年8月、かねて信奉するゲゼル理論の実践に乗り出します。道路の整備、橋やスキーのジャンプ台建設などの公共事業を始め、当時いた4300人の町民のうち1500人を雇い入れました。そして賃金の支払いのために、労働証明書といわれる地域通貨を発行します。
この地域通貨の特徴は、毎月1%減価するところにありました。月末に減価分に相当するスタンプを町当局から購入して貼らないと、額面を維持できません。
地域通貨はすごい勢いで町を巡り始めます。早く使ってしまえば、スタンプ代を払わなくて済むからです。失業はみるみる解消したといいます。
評判を聞きつけて町を訪れたある学者は、こう記しています。「以前はそのひどい有様で評判の悪かった道路が、いまでは立派な高速道路のようである。市庁舎は美しく修復され、念入りに飾り立てられ、ゼラニウムの咲き競う見事なシャレー風の建物である」(河邑厚徳他『エンデの遺言』、NHK出版 )
この出来事は、今でもゲゼル流の地域通貨を支持する人々から「ヴェルグルの奇跡」と称えられます。しかし、これは奇跡でも魔法でもありません。
贅沢な市庁舎などの描写から見て取れるのは、かつて日本でも起こったバブル景気です。人々に半ば強制的にお金を使わせれば、景気は一時良くなりますが、長続きしません。
オーストリアの中央銀行が紙幣発行の独占権を侵したとして訴訟を起こし、勝利したため、スタンプ紙幣の試みはわずか1年で幕を閉じました。もし中止されなければ、米教育団体ミーゼス研究所の記事が述べるように、やがてバブルの崩壊に見舞われたでしょう。
開始から1年半余りがたった日本のマイナス金利も、日銀自身が警鐘を鳴らす賃貸住宅の供給過剰など副作用が目立ち始めています。自由研究はリスクの指摘を忘れずに。(2017/08/18)
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