世界の一部の国々が高額紙幣の廃止などに踏み切るなか、現金廃止を持論とする米ハーバード大学のケネス・ロゴフ教授が、日本も1万円札と5千円札を廃止するよう日経電子版のインタビュー記事で提言し、話題となっています。キャッシュレスはたしかに便利ですが、現金という選択肢をなくしてしまってよいのでしょうか。
海外では政府による現金廃止運動を「テロとの戦い(War on Terror)」や「麻薬との戦い(War on Drugs)」になぞらえ、「現金との戦い(War on Cash)」と呼ぶことがあります。この表現が暗に示すのは、「テロとの戦い」などと同じく、「現金との戦い」は一般市民にむしろ害悪を及ぼしかねないという事実です。
ウェブサイト「ビジュアル・キャピタリスト」がインフォグラフィックで、「現金との戦い」の一般市民からみたリスクをわかりやすく整理しています。大きく4項目にわたります。補足を交えて紹介しましょう。
第1にプライバシー侵害の恐れです。キャッシュレス決済で現在主流のクレジットカードなどは現金と違い、第三者の仲介を必要とします。このため個人の取引やその記録が、政府に監視される恐れが強まります。ブロックチェーンを利用した仮想通貨は匿名性の高い技術ですが、政府がサービス提供業者に個人情報提供を要求する可能性は残ります。
第2に財産保全に対するリスクです。現金がなくなると、個人は財産を金融システムの外で蓄える自由を失い、銀行などの倒産リスクから逃れられなくなります。マイナス金利政策で預金が目減りしても逃げ場がありません。
第3に生命への危険です。インドでは昨年、高額紙幣が廃止された際、病院で治療を拒否されたり、食品が買えなくなったりしました。
第4にサイバー犯罪のリスクです。財産を電子的な形でしか蓄えられないと、サイバー犯罪の潜在的リスクや、被害にあった場合の打撃が大きくなります。
ロゴフ教授が強調する現金廃止のメリットは、これらのリスクと背中合わせであることがわかります。いずれも小さなリスクではありません。
マネーロンダリング(資金洗浄)や脱税、収賄などの犯罪行為を減らす効果はあるでしょうが、それは政府による個人取引の監視や個人情報の悪用につながりかねません。
マイナス金利政策はやりやすくなるでしょうが、個人からすればタンス預金という逃げ道をふさがれ、財産保全の手段が少なくなります。ロゴフ教授はなだめるように、小口預金者はマイナス金利の対象外とすることも可能と言いますが、それは政治の都合次第ですし、むしろ大口預金者の財産権が守られないことのほうが、国外への資金流出など経済への悪影響は大きいといえます。
個人の資産防衛を困難にし、監視社会にもつながりかねない現金廃止。キャッシュレスの便利さにつられて安易に賛同しないよう、気をつけたいものです。(2017/08/02)
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