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インフレは税の一種です。しかも普通の税よりも悪質な税です。ところが、この事実はよく理解されていません。それどころか、多少のインフレはむしろ良いことだという嘘が、現在主流の国家主義的な、誤った経済学(ケインズ経済学)や、そこから派生した極端な説 (MMT=現代貨幣理論など) によっ...

2025-11-04

真の自由主義史観

ラルフ・ライコは、私有財産と自発的交換に根差す「唯一の自由主義」を擁護し、戦争が国家権力を肥大させる過程を暴いた歴史家である。ブロンクスの青年期にミーゼスのゼミに参加し、のちにハイエクのもとで学び、The New Individualist Review を共同創刊、ミーゼス『自由主義』を英訳した。研究は欧州の自由主義伝統(コンスタン、トクヴィル、アクトン、仏自由主義者、独自由党)を掘り起こし、自由の道徳的土台が市民社会にあると論じた。戦争論では第一次大戦や原爆投下を厳しく批判し、『Great Wars and Great Leaders』でウィルソン、チャーチル、フラクリン・ルーズベルト(FDR)らの神話を退けた。彼は学術・翻訳・運動を通じて自由主義史観を形成し、平和と自由貿易、分権を自由の中核として示した。
Ralph Raico, Historian of Liberty and Revisionist of War | The Libertarian Institute [LINK]

19世紀の古典的金本位制(1820〜1914)は、インフレなき経済成長と長期投資の安定を支えた「忘れられた原動力」であった。通貨が金に兌換され、政府が恣意的に紙幣を増発できなかったため、貯蓄は価値を保ち、民間資本が鉄道・運河・電信・電力・製鉄といった巨大インフラを自発的に資金調達した。物価はむしろ生産性向上によって下落し、実質賃金は上昇、生活水準は劇的に改善した。これは「健全なデフレ」であり、家計と企業が将来を安心して計画できる環境を生んだ。対照的に、1971年以降の不換紙幣体制は累積債務と信用膨張による景気循環を常態化させた。新規マネーは特権層に先に流れ、一般国民に届くころには購買力が低下する「カンティロン効果」が格差を拡大する。国家はインフレという見えない税で貯蓄を収奪し、バブルと崩壊を繰り返す。金本位制への批判(デフレの害、危機の多発)は歴史的検証に耐えない。19世紀の物価下落は成長デフレであり、恐慌も短期で調整が進んだ。むしろ現代の長期停滞こそ、政府が清算を妨げることによる「慢性化した危機」である。貨幣の本質は希少性と市場選択にある。金・銀・ビットコイン・プラチナなど、政治的操作を免れた貨幣こそが文明の次の飛躍を支える。ミーゼスの言葉通り、「信用拡張による繁栄は必ず崩壊する」。進歩を取り戻す条件は明確である――健全通貨への回帰である。
Sound Money and the Forgotten Engine of Progress | The Libertarian Institute [LINK]

この記事は、トランプ大統領がホワイトハウス東館を取り壊して新たに舞踏室を建設したことに対し、リベラル派が激怒している現象を風刺的に論じている。東館は1902年に増築された機能的付属棟にすぎず「歴史的建造物」としての価値は限定的だが、リベラル派はこれを「国家遺産の破壊」として糾弾する。しかし筆者によれば、彼らは本来アメリカの歴史や英雄像を「人種差別的」として否定してきたはずであり、今回の怒りは矛盾している。その背景には、リベラル派が長年かけて宗教・道徳・伝統・美といった本質的価値を解体し、代わりに「国家儀式としての建物や制度」だけに象徴的意味を見いだすようになったという分析がある。ゆえに彼らは彫像や偉人伝には嫌悪を示す一方、議事堂やホワイトハウスといった中身のない権力象徴へは異様な執着を見せる。1月6日議事堂騒乱への過剰反応もその一例であり、彼らは「部屋」を神聖視し、制度の本質より象徴物の破壊にこそ国家崩壊を見出した。筆者は本来、歴史とは複雑な人間の功罪を学ぶ営みであるべきだとし、今のリベラル文化は「解体」だけを行い、代わりに空虚な国家象徴崇拝しか残さなかったと批判している。
East Wing Blues | The Libertarian Institute [LINK]

筆者は、ロシア革命の必然性をめぐる二著を比較しつつ(ファイジズは「構造的に必然」、マクミーキンは「偶発的」、ただし帝政の脆弱性を過小評価)結論づける。帝政ロシアは農村共同体ミールの閉鎖性と土地問題、度重なるテロ、貴族と民の断絶、ストルイピン改革の未完により基盤が脆弱であった。第一次大戦参戦でその弱点が露呈し、愛国心の薄い農民兵は戦争目的を共有せず、都市の食糧難と政治無能が重なって二月革命に至る。臨時政府は「戦争継続」を掲げ正統性を欠き、ソヴェトと二重権力のまま意思決定を回避。十月のボリシェヴィキ権力掌握は抵抗が乏しく、彼らは当初「平和・土地」を約して農民・兵士の離反を防ぎ、のち赤色テロと動員で体制を固めた。内戦では白軍も旧体制の復活像で支持を得られず、真の決戦は農民緑軍との戦いとなる。総じて、革命はマルクス的宿命ではないが、1914年の参戦をもって帝政は崩壊過程に入り、弱い制度と指導層の自己欺瞞がボリシェヴィキ台頭を可能にした、というのが筆者の判断である。
Was the Bolshevik Revolution Inevitable? | The Libertarian Institute [LINK]

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

フィゲスつて、オーランド・ファイジズのことかな。

木村 貴 さんのコメント...

ご指摘ありがとうございます。修正しました。