2023-05-28

【コラム】保守メディアが生き残るには

木村 貴

日本のリベラル・左派メディアの劣化は情けない限りだが、そうかといって、保守・右派メディアがしっかりしているかといえば、そんなことはない。それどころか、左派に劣らず的外れな主張をしている。広島で5月19〜21日に開いた主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)に関する産経新聞の報道を見て、あらためてそう痛感した。
産経の記事に行く前に、同系列の夕刊フジに触れておこう。ツイッターの公式アカウントで共有された紙面の一部しか見ていなくて恐縮だが、期間中の1面トップの見出しに「ゼレンスキー大統領来日大成功、岸田解散一直線」とある。ウクライナのゼレンスキー大統領が来日し参加したのは、たしかに驚きではあったが、夕刊フジは何を根拠に「大成功」というのだろう。リード文を読むと、こうある。

ロシアのウクライナ侵略や、中国の軍事的覇権拡大が進むなか、G7首脳らは(5月)19日、平和記念公園内の原爆資料館を史上初めてそろって訪問し、慰霊碑に献花した。その感動的なセレモニーは国内外に配信された。侵略者に立ち向かうウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が20日夜に緊急訪日し、G7サミットに出席するサプライズも明らかになった。(略)岸田文雄首相はサミットの「歴史的成功」を追い風に、来月の国会会期末にも衆院解散に踏み切るのか。

リード文が記事全体を要約するものだとすると、どうやら夕刊フジがサミットを「大成功」と絶賛した理由は、一つにはG7首脳が原爆資料館をそろって訪ねた後、慰霊碑に献花する「感動的な」セレモニーが内外に配信されたこと。もう一つは公務多忙なゼレンスキー大統領がわざわざ来日し「サプライズ」出演、いや出席してくれたことの、二点であるようだ。

なんとも甘っちょろい。まるで少年少女のような無邪気さだ。少年少女の無邪気さなら愛するべきところもあるが、夕刊フジの読者層である中高年サラリーマンが電車の中でこれを読んで感涙にむせんでいるとしたら、同輩として情けない。

夕刊フジがいう「大成功」の二つの理由は、どちらも外見上のことでしかない。いうまでもないが、セレモニーの映像は、被爆地広島という舞台を十二分に意識した政府が、おそらくその道のプロと事前に入念に打ち合わせし、計算し尽くしたものを「配信」している。「感動」するのは、ある意味当然だ。

しかし人は感情を揺さぶられると、往々にして理性がお留守になる。映像や物語に感動させられたときこそ、その意図を冷めた理性で探る必要がある。それが健全なメディアリテラシーというものだろう。ところが夕刊フジは、メディアのプロであるにもかかわらず、政府の意図にまんまと乗せられ、サミットを激賞する。これでは勤め帰りのサラリーマンを癒やすことはできても、啓発することはできないだろう。

もっとも、夕刊フジだけを責めるわけにはいかない。ご立派な肩書の専門家の先生方も、同レベルの無邪気な感想をネット上で書き連ねているからだ。日本経済新聞電子版のひとこと解説で、慶應義塾大学の細谷雄一教授は「まるで映画のワンシーンを見るような、見事な準備と、構成と、演出でした」と称賛し、政策研究大学院大学の岩間陽子教授は「慰霊碑にささげられた9つの花輪と9人の政治家の映像は、これから何年も世界中で見られることでしょう」とほめちぎる。プロパガンダに「大成功」した政府の広報チームは、今ごろガッツポーズをしていることだろう。

サプライズ出席したゼレンスキー大統領が、あのヒゲといい、表情といい、セレモニー中も着替えなかったラフな服装といい、こちらもおそらく西側のPR会社の助けを得て、コメディアン出身の才能を生かし、無邪気な視聴者に訴える効果を計算したものであることは、わざわざ確かめるまでもない。
さてそろそろ、産経の記事に移ろう。まずサミット閉幕翌日の5月22日の「主張」(社説にあたる)は「秩序の維持へ結束示した」と題し、こう書く。「ロシアはウクライナ侵略を続けている。中国は南・東シナ海などで力による現状変更を試みている。中露、北朝鮮の核の脅威は高まっている。厳しい国際情勢に対処していくため、G7の結束が今ほど求められるときはない」

ウクライナ戦争についてロシアだけを一方的に悪と決めつける単純な図式は、産経が敵視する朝日新聞などリベラル・左派メディアとまったく変わらない。これまで何度か書いてきたように、ウクライナでの紛争は少なくとも、2014年に米国の支援を受け、選挙で選ばれた親露派の大統領を暴力で追放したクーデター(マイダン革命)にさかのぼる。権力を握った反露派政府はロシア語の使用を禁止し、これに抗議する東部・南部のロシア系住民の弾圧を始めた。

とりわけ悪名高いのは2014年5月2日、南部の港湾都市オデッサの労働会館で発生した虐殺である。サッカーのフーリガン(暴徒)を装った政権派が親露グループを労働会館に押し込めて放火し、生きたまま焼き殺した。48人が死亡している。この虐殺を含め8年間にわたり、ウクライナ政府によるロシア系住民への攻撃が続くことになる。この間、内戦の停止を目指した「ミンスク合意」は実行されないまま、ウクライナが西側の支援で軍備を強化する時間稼ぎに利用された。ロシアが2022年2月、ウクライナへの軍事介入に乗り出した理由の一つは、ロシア系住民の保護だった。

もし台湾で同じように、中国の支援を受けた親中派の暴力クーデターが起こったら、産経は「力による現状変更」を許すなと絶叫するだろう。新政権が台湾独立派の住民を弾圧したら激怒するだろうし、住民を保護するために米国が軍事介入に乗り出したら、拍手喝采するだろう。ところがウクライナについてはロシア系住民の弾圧に見て見ぬふりをし、ロシアの介入を「侵略」と罵る。あきれたダブルスタンダード(二重基準)である。

中国や北朝鮮の「脅威」をあおるのは、最近リベラル・左派メディアにお株を奪われそうになっているものの、産経のお家芸だ。そして的外れである。中国や北朝鮮が軍事力を強化する大きな理由は、米軍がわざわざ近隣に出張って日韓豪などとともに軍事演習を行うなどして、中国や北朝鮮の安全を脅かしていることにある。

もちろん産経は「中国や北朝鮮の脅威に対抗しているだけだ」と反論するだろう。百歩譲って、かりにそうだとしても、そこに米国や欧州が加われば対立を激化させ、戦争のリスクを高める。「厳しい国際情勢に対処」するために、「G7の結束」はむしろ有害でしかない。アジアのことはアジアで解決するべきだ。それはかつて、理想と現実のギャップはあったにせよ、本来の保守・右派が唱えた「アジア主義」にもかなうだろう。

次に産経は翌5月23日の「主張」で「勝利へ不屈の覚悟示した」と題し、ウクライナのゼレンスキー大統領が21日夜に広島で行った演説を「血を吐くような世界への訴え」と絶賛した。

産経が引用するように、ゼレンスキー氏は、平和記念資料館(原爆資料館)を視察した後の演説で「全焼したウクライナの街は広島の街、原爆資料館を訪れたときに見た写真に似ている」と述べた。このゼレンスキー氏の発言がいかにおかしなものか、少し考えればわかるはずだ。

いうまでもなく、第二次世界大戦で広島(と長崎)に原爆を投下して街を焦土と化し、多数の市民をむごたらしく殺害したのは米政府である。もしそれを許せないとゼレンスキー氏が本当に思うのなら、原爆投下について謝罪もしない米国から軍事支援を受けることなど、日本人に申し訳なくてできないはずだ。ところがウクライナは平気で米国から支援を受けているし、あまつさえサミット期間中、米国製戦闘機「F16」の供与を受けることまで決めた。全然筋が通らない。

海外ではすかさず批判の声があがった。人権活動家のアジャム・バラカ氏は「あの俳優のゼレンスキー大統領は本当にピエロだ。広島を必要もなく破壊し、人々を殺害したのは米国だと思い出させるべきだ」とツイートし、「彼ら(広島市民)は実証実験として犠牲になったのだ。今日ウクライナ人が米国の利益のために犠牲になっているのと同じように」とたたみかけた。本質を衝いている。

ところが国内では、リベラル・左派の言論人までが、もののみごとに俳優ゼレンスキー氏に幻惑された。中日新聞記者の望月衣塑子氏は、ゼレンスキー氏が「記者たちの10以上の質問に、ペーパーもなく当意即妙で答えた」と感心し、「これが世界では当たり前なのだと思う」と評価した。これに戦史研究家の山崎雅弘氏は「そうです」と同意し、「カンペ(カンニングペーパー)に頼る日本の政治家は三流」とツイートした。

日本の政治家が三流であることに異論はないが、だからといってカンペに頼らない政治家が一流とはいえないだろう。ヒトラーがカンペ棒読みで演説する映像は見たことがない(ヒトラーが「一流」の政治家だというなら別だが)。
産経は5月21日、「ゼレンスキー氏のG7参加、ウクライナでも評価の声」と題する記事を掲載した。記事では「F16が届けば私たちは戦争に勝つ」というウクライナ空軍報道官の発言を紹介している。だが現実の引き渡しは、操縦士の訓練などを経た何カ月も先になる見通しだ。果たしてそれまでウクライナ軍はもつのだろうか。もったとしても、その後、国内の経済悪化に悩む欧米は支援を続けられるのだろうか。

同じ記事は「ゼレンスキー氏が参加したG7広島サミットが戦況の転換点になると期待する(ウクライナ)国民も少なくない」とも述べている。ところが記事が出る直前の5月20日、ウクライナ東部ドネツク州の激戦地バフムトがロシア民間軍事会社ワグネルに制圧された(ウクライナは否定)。どうやらサミットは別の意味で「戦況の転換点」になってしまったようだ。

ロシアを悪者扱いし、中国や北朝鮮を敵視する軍国主義的で浅はかな論調は、今やリベラル・左派メディアに乗っ取られようとしている。産経など保守メディアが独自色を出し、生き残りを目指したいのであれば、真の意味で保守らしく、思慮深い外交政策を読者に訴えるべきだろう。それは自由貿易を柱とする、すべての近隣諸国との友好であり、台湾問題など他国の内政に介入しない、伝統的な不干渉政策への回帰である。

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