ハンス=ヘルマン・ホッペの著書『Getting Libertarianism Right』の第4章「Coming of Age with Murray(マレーと共に成人して)」は、ホッペが師であり友人でもあったマレー・ロスバードとの10年間にわたる親交を振り返り、彼から学んだ「実存的な教訓」について綴ったエッセイです。
主な内容は以下の通りです。
1. ロスバードとの出会い
ホッペは1985年に初めてロスバードに会いました。当時ホッペは35歳、ロスバードは59歳でした。ホッペはすでに博士号を持ち、知的・理論的にはミーゼス主義者およびロスバード主義者として確立されていましたが、ロスバードと直接働き、生活を共にする中で、単なる「大人(Adult)」から、真の意味で「成人(Coming of Age)」した人間になったと述べています。
2. 性格の対比
二人は対照的な性格でした。ホッペが自身を「冷徹で率直、対立を辞さない北ドイツの人間」と評する一方で、ロスバードを「都会的で陽気、社交的で、プライベートでは決して対立を好まない温和な人物」であったと描写しています。この違いにもかかわらず、二人はすぐに意気投合しました。
3. 歴史修正主義の重要性
ホッペがロスバードから学んだ最大の教訓の一つは、「リバタリアニズム理論を歴史修正主義(Revisionist History)で補完する必要性」です。
公式な歴史への疑い: 勝者によって書かれた公式の歴史を鵜呑みにせず、犯罪捜査のように「誰がこの政策で利益を得るのか(カネの流れを追え)」という視点を持つこと。
ドイツ人としてのアイデンティティ: 戦後ドイツの教育で「自国を恥じるべき」と教えられてきたホッペに対し、ロスバードはドイツの文化や学術的伝統の素晴らしさを説き、ホッペがドイツ人であることに誇りを持てるよう助けました。
4. 陰謀論への見解
ロスバードは、歴史上の出来事を「単なる偶然の連続」と見るのではなく、特定の目的を持った集団による「陰謀(合意の上での行動)」の結果である場合が多いと説きました。これは突飛な陰謀論ではなく、現実的な社会分析の手法としてホッペに受け継がれました。
5. 「右派」への転換と文化の重要性
ロスバードは晩年、リバタリアニズムが単なる「不可侵の原則(NAP)」の遵守だけでなく、共通の文化、伝統、道徳に支えられたコミュニティを必要とすると説くようになりました。
偽りの権利の拒絶: 「人権」や「差別されない権利」といった新しい権利の多くは私有財産権と相容れないものであり、左派的・平等主義的な「知的ゴミ」であると断じました。
多文化主義への批判: 異なる文化が遠く離れて共存することは可能だが、同じ場所での強制的な多文化主義は社会的不信と紛争を招き、リバタリアン的な秩序を破壊すると論じました。
6. 批判への態度
ロスバードは、メディアや既存の学者から「人種差別主義者」「ファシスト」といった激しい誹謗中傷(Smear bund)を受けましたが、それを笑い飛ばして無視していました。ホッペもその姿勢を学び、自身への批判に対しても「敵が多ければ名誉も多い(Viel Feind, viel Ehr)」という精神で活動を続けていると述べています。
この章は、ロスバードという偉大な知性が、一人のドイツ人学者に理論だけでなく、いかにして「現実の世界を直視し、不当な批判に屈せず、自分の文化を愛するか」という生き方を示したかを記した感動的な回想録となっています。
0 件のコメント:
コメントを投稿