政府の推し進める「経済安全保障」が、いかに経済の現実を無視した乱暴な政策であるかは、最重要の戦略物資とされる半導体をめぐる攻防を描いた、最近の二冊の本から知ることができる。
そもそも主要国が半導体サプライチェーン(供給網)の抱え込みに動いたのは、新型コロナウイルスの感染拡大でロックダウン(都市封鎖)による供給網の寸断が世界に広がり、そのせいで半導体不足に陥ったと考えたからだ。
しかし、それは誤解だった。米経済史家クリス・ミラー氏は著書『半導体戦争』(2023年)で、「実際には、半導体不足の主な原因は、半導体サプライ・チェーンの問題にあるわけではなかった」と指摘する。
ミラー氏によれば、半導体不足のより大きな原因は、パンデミック(世界的大流行)が勃発して以降の半導体注文の大きな変動にある。無数の人々が在宅勤務に備えてコンピューターを新調すると、PCの需要が2020年に急増した。生活のオンライン化が進むと、データセンターのサーバーの需要も上昇した。
さらには「新型のPC、5G対応の携帯電話、AI(人工知能)対応のデータ・センター」への需要も増えており、「突き詰めれば、計算能力を求める私たちの飽くなき欲求」が半導体の需要を突き上げていたとミラー氏はいう。
供給側にマレーシアのロックダウンで現地の半導体パッケージング業務に支障が生じるなどの混乱があったのは事実だ。だが2021年の世界全体の半導体デバイスの生産量は、1・1兆個以上と過去最高だった。2020年比で13%増だ。
「2020年と2021年の両年に半導体生産が大幅に増加したのは、多国籍のサプライ・チェーンが機能不全に陥っている証などではない。その逆で、有効に機能しているという証なのだ」とミラー氏は強調する。
ミラー氏は触れていないが、そもそも経済に混乱を招いたロックダウンそのものが、感染防止効果に疑問があるにもかかわらず、政治家たちによって強引に実行された政策だった。その政治家たちが今度は半導体不足の原因を見誤り、供給網の抱え込みという新たな誤りを犯そうとしている。困ったものだ。
一方、半導体技術者出身のジャーナリスト、湯之上隆氏は『半導体有事』(2023年)で、日本を含む各国政府の対応を厳しく批判する。
半導体について、「経済安全保障を担う戦略物質」「サプライチェーンの強靭化が必要」「地政学的リスクがある」などといわれる。しかし湯之上氏は、このような発言をする人たちが「経済安全保障」「サプライチェーン」「地政学」について正しく理解しているとは思えないと述べる。なぜなら「半導体は一国や一地域で閉じて生産できるものではないからだ」。
ところが、2021年初頭に起きた半導体不足をきっかけとして、世界の各国・各地域が巨額の補助金を出して、半導体製造能力を抱え込もうと「常軌を逸した競争」を始めた。また、2022年10月7日、米国は中国半導体産業を封じ込めるために異例の厳しい輸出措置を課した。
これら各国・各地域の「クレイジーな行動」は、半導体産業の健全な事業サイクルを破壊してしまう。また、半導体の製造は、一国や一地域で閉じて行えるものではないので、各国・各地域による抱え込みは「いずれ破綻する」。税金の無駄遣いに終わる可能性が強いわけだ。
巨額の補助金をもとに行なう半導体製造能力構築競争は「資本主義に反するもの」だと湯之上氏は批判し、「半導体産業が成り立たなくなる危機」だと警鐘を鳴らす。
米国が中国に厳しい禁輸措置を課してまもない2022年12月6日、半導体受託製造の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の米アリゾナ工場で開設式典が行われた際、同社創業者の張忠謀(モリス・チャン)氏は「グローバリズムはほぼ死んだ。自由貿易もほぼ死んだ」と述べたという。
もしグローバリズムや自由貿易が本当に死ねば、現代文明を支える半導体産業のみならず、世界経済そのものが衰退に向かうだろう。いびつなナショナリズムによる半導体戦争は不毛の極みだ。
<参考資料>
- ミラー『半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』(千葉敏生訳、ダイヤモンド社、2023年)
- 湯之上隆『半導体有事』(文春新書、2023年)
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