今、経済恐慌が起こったら、政府はどうするだろう。ただちに「経済対策本部」のような組織を立ち上げ、財政支出や金融緩和など、思いつく限りの対策を打ち出し、実行するに違いない。今の世の中では、政府が経済に介入するのは当然で、とりわけ不況時には介入が義務だと信じられているからだ。
ウォレン・ハーディング |
しかし、かつてはそうではなかった。不況は政府が介入しなくても自然に回復するし、むしろ介入しないほうが早く立ち直ると認識されていた。事実、恐慌を放置し、それによって深刻な景気後退を短期で脱したケースもある。代表例は、第一次世界大戦(1914~1918年)終結後まもなく、戦時景気の反動で米国を襲った1920年恐慌だ。
1920年恐慌といわれても、聞いたことのない人が多いことだろう。無理もない。10年以上続いた1930~40年代の大恐慌などに比べると、きわめて短期間に終ってしまい、後世の記憶にほとんど残らなかったからだ。いわば「忘れられた恐慌」である。しかし瞬間風速でみた不況の厳しさは、大恐慌をしのいだ。
失業率は4%から12%近くに跳ね上がり、国民総生産(GNP)は推定で1920年の915億ドルから1921年の696億ドルまで24%落ち込んだ。卸売物価指数は1年間で36.8%、消費者物価指数は15.8%下落した。このデフレは大恐慌のどの時期よりも厳しい。また1920年1月から翌年8月にかけて、ダウ・ジョーンズ工業株平均は119.6ドルから63.9ドルまで下落した。47%もの急落である。
このとき新任大統領として登場したのが、「常態に帰れ」をスローガンに当選したウォレン・ハーディング(在任1921~1923年)である。
ハーディングといえば日本ではほとんど無名だが、米国でも愛想はいいが無知で凡庸な人物というイメージが流布している。しかし愚かではなかった。市場経済への介入に反対する古典的な哲学を抱き、政府が身を縮めれば不況は自然に良くなると確信していた。
大統領選中の1920年5月の演説で、こう語っている。
「現在アメリカに必要なことは英雄的行為ではなく療養です。インチキ政策ではなく常態です。改革ではなく復旧です。……手術ではなく安静です」(ポール・ジョンソン『アメリカ人の歴史』)
ハーディング政権が行った政策は、その言葉どおりのものだった。戦争中に膨らんだ財政規模を縮小し、金利を人為的に低く抑えることをやめたのである。連邦政府の支出を1920年の63億ドルから1922年には32億ドルとほぼ半減させた。すべての所得層に対して税率を引き下げ、政府債務を3分の1まで削減した。中央銀行である連邦準備理事会(FRB)は静観し、金融を緩和しようとしなかった。
こうした自由放任政策の結果、1921年の晩夏には早くも経済回復の兆しが見えた。翌年には失業率は6.7%まで低下し、1923年にはわずか2.4%になった。GNPは1922年に741億ドルまで回復した。ハーディングの考えどおり、政府が過保護な介入を控えたことで、市場経済は自らを癒やしたのである。
米作家ジェームズ・グラント氏は、1920年恐慌を描いた著書『忘れられた恐慌』で、こう述べる。
「この物語の主人公は、価格メカニズム、アダム・スミスの見えざる手である。市場経済では、価格が人間の努力を調整する。価格が投資、貯蓄、労働の経路を決めるのである。価格が高ければ生産は促進されるが、消費は抑制される。1920年から21年にかけての恐慌は、物価の急落によって特徴づけられた。しかし、物価と賃金が下落したのはそこまでだった。消費者を買い物に、投資家を資本投下に、雇用主を雇用に誘うのに十分な低さになってから、物価と賃金は下落を止めた。物価と賃金の下落によって、米経済は回復したのである」
興味深いのは日本との対比だ。同じく1920(大正9)年に戦後の反動恐慌に見舞われた日本政府は、自由放任に徹した米国とは対照的に、財政や金融をさらに膨張させた。これに対し米チェース・ナショナル銀行のエコノミストなどを務めたベンジャミン・アンダーソン氏は、のちにこう辛辣に批判した。
「大銀行、寡占企業、政府が結託して市場の自由を損ない、商品価格の下落を阻み、世界の物価は下落しているのに7年間にわたり国内の物価水準をそれより高く保った。この間、日本は繰り返し不況に見舞われ、あげくの果てに1927年(昭和2年)には激しい金融恐慌が起こり、多数の銀行と企業が破綻した。馬鹿げた政策だった。日本は1年分の在庫の損を避けるために、7年を失った」
日本政府は1990年代のバブル崩壊後、財政支出と金融緩和で同じ過ちをさらに大規模に繰り返し、30年を失った。その過ちを反省してもいないから、また恐慌が起こっても、ハーディング大統領のように賢明な対応はまったく期待できない。
<参考資料>
- ポール・ジョンソン『アメリカ人の歴史』第3巻(別宮貞徳訳、共同通信社、2002年)
- James Grant, The Forgotten Depression: 1921: The Crash That Cured Itself, Simon & Schuster, 2015. [LINK]
- Benjamin Anderson, Economics and the Public Welfare: A Financial and Economic History of the United States, 1914-1946, Liberty Fund, 1980. [LINK]
- Not-So-Great Depression | Cato Institute [LINK]
- The Forgotten Depression of 1920 | Mises Institute [LINK]
0 件のコメント:
コメントを投稿