所得税などの税率を累進課税でなく、一律にするフラットタックス(フラット税)は、うまく使えば減税につながる仕組みだが、必ずそうなるとは限らない。むしろ増税になってしまう場合もある。その皮肉なケースを紹介しよう。舞台は米占領軍支配下のイラクだ。
倒されるサダム・フセイン像 |
今から20年前の2003年3月20日、米軍がイラクの首都バグダッドを空爆し、イラク戦争が始まった。独裁者サダム・フセイン大統領の政権は3週間で崩壊し、米国率いる連合国暫定当局(CPA)による統治が始まる。米ブッシュ(子)共和党政権から派遣されたポール・ブレマー代表が2004年1月、イラクに導入したのがフラット税だ。所得税、法人税の税率を15%とした。当時のワシントン・ポスト紙によれば、ブレマー代表は導入を控えた秋、米議会での証言で「イラクの新しい税制は見事なまでにわかりやすい」と自画自賛した。
フラット税の税率15%は、2000年の米大統領戦で出版業者スティーブ・フォーブス氏が提案した17%よりも低い。この税制改革により、フラットになった所得税・法人税のほか、不動産税、自動車販売税、ガソリン税、高級ホテル・レストラン税を残し、他のすべての税を廃止した。
ところがイラクの市民にとっては、増税だった。なぜなら二十数年続いたフセイン政権下で、イラク人は関税以外に税金を払っていなかったからだ。中東諸国でよくあるように、多くの産業が国有化され、政府は石油収入で財源を賄っていた。「フセイン政権は中東の他の国々と同様、徴税をほとんど強制しなかったため、イラクには納税の歴史がない」とポスト紙は書く。
もともと豊かとはいえず、戦争でさらに貧しくなったイラクの庶民には重い税負担だ。税負担を和らげるはずのフラット税は、状況次第で暴政になりうるのだ。一方でブレマー代表は、連合軍当局、軍隊、その請負業者など占領軍関係者を課税から免除した。
税金を取るのが仕事の政府当局が、フラット税の美名を利用して、巧みに税を搾り取ろうとするのは理解できる。だが困ったことに、米国の減税派論客とされる人々までが、イラクのフラット税導入をほめたたえた。
「非常に良いニュースだ」と、全米税制改革協議会議長のグローバー・ノーキスト氏はポスト紙に語った。作家アミティ・シュレーズ氏は「このような低税率は、イラクを香港並み〔の豊かさ〕にするだろう」と英フィナンシャル・タイムズ紙に答えた。保守系シンクタンク、ヘリテージ財団研究員(当時)のダニエル・ミッチェル氏は同財団のホームページで、「イラク経済の回復に役立つ」「米国の対外援助を削減する」などと予想されるメリットを列挙した。残念ながらその後、それらのメリットが実現したという話は聞かない。
ノーキスト氏らが日ごろ展開する減税論には大いに賛成だが、イラクの件については、フラット税という形式に目を奪われて、冷静な判断ができていないように思える。重要なのは税の形式ではない。減税という中身だ。
フラット税を推奨する議論で気になるのは、「税率は高すぎないほうが税収は増える」という点をメリットとして強調することだ。「ラッファー曲線」と呼ばれる説で、高すぎる税率は税収を減らすという。
この説がかりに正しいとして、そこで忘れられている問いがある。「税収が増えるのは、増税ですよね?」という素朴な問いだ。増税になるのに、それを良いことであるかのように語るのはおかしい。
フラット税を支持する減税派はおそらく、「税収が増えたら減税を求める」と答えることだろう。そうするべきだ。だがそれなら初めから、フラット税という形式にこだわらず、減税だけに焦点を絞るのがいい。
<参考資料>
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