木村 貴
ロイター通信は3月6日、ユーチューブにニュース動画をアップした。タイトルは「ウクライナ侵攻、ロシアは『戦争を仕掛けられた』 外相発言に聴衆失笑」である。次のような短い文章が添えてある。
ロシアのラブロフ外相はインドのニューデリーで3月3日、20カ国・地域(G20)外相会合後に講演を行った。ウクライナ侵攻について「ウクライナ人を利用して、われわれは戦争を仕掛けられた」と発言すると、聴衆からはあざけるような笑い声が聞こえた。
ロシアのラブロフ外相はG20外相会合後に講演を行った。ウクライナ侵攻について「ウクライナ人を利用して、われわれは戦争を仕掛けられた」と発言すると、聴衆からはあざけるような笑い声が聞こえた。https://t.co/oBeMdivVih pic.twitter.com/MlAWvpDd8Q
— ロイター (@ReutersJapan) March 6, 2023
ロイターの動画はヤフーニュースでも公開されていて、コメント欄にはここぞとばかりにあざける読者の声が並ぶ。「『仕掛けられた』とは笑うしかありません」「ロシア軍が一方的に侵攻したのに、仕掛けららた戦争と、被害者意識を装っている」「『しかけられた』という言葉から見えてくるのは彼らの思考回路は私たちと全く逆だということ」などなど。
動画を見てみると、たしかにラブロフ氏が「われわれは戦争を仕掛けられた」と話すところで、客席から笑い声がして、ラブロフ氏は話を一瞬中断している。もっとも、「あざけるような笑い声」かどうかは、これだけではわからない。そうかもしれないが、違うかもしれない。たとえば、「そんな本当のこと、言っちゃっていいの?」という冷やかしの笑いかもしれない。
そう思うのは、聴衆の他の反応からだ。まず、ロイターの動画の後半で、ラブロフ氏は「パイプラインを爆破するようなことはもう決して許さない。ところで、私たちは(爆破事件の)調査を要請したが、直ちに却下された。米国はナンセンスだと言った」と話した。このとき笑いは起こらず、聴衆は黙って聴いている。ロシアが戦争を仕掛けられたというのと同じかそれ以上に、あざけりの対象になっていいはずの話題なのに。
「パイプライン」とはもちろん、ロシアからドイツに海底経由で天然ガスを供給し、昨年9月、何者かによって爆破された「ノルドストリーム」のことだ。今年2月8日、米著名記者セイモア・ハーシュ氏が「爆破に米政府が関与」と詳細に報じたが、米ホワイトハウスは「まったくの虚偽」と否定した。
なおこの講演から数日後の3月7日、米ニューヨーク・タイムズが「米情報当局者」の見方として、爆破は「親ウクライナの勢力が実行した可能性がある」と報じ、あまりの不自然さに「親ウクライナ勢力とは米政府のことか」と、それこそあざけりの対象になっている。
次に、ロイターの動画では省かれているが、英ガーディアン紙によれば、ラブロフ氏は、西側諸国の軍事介入の「ダブルスタンダード(二重基準)」について問われた。これに対する同氏の答えは、ショートショート・ニュースがツイッターにアップした日本語字幕付き動画で確認できる。ラブロフ外相はメモなど一切見ず、次のように語り始める(以下、字幕を参考に翻訳)。
近年、米国がイラクで何をしたかといえば、2020年1月、同国を訪問中だったイラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官を空爆で殺害。イラクのアブドルマハディ首相(当時)から「イラクの主権を傲慢に侵害した」と非難された。2021年末に過激派組織「イスラム国」(IS)掃討が完了したにもかかわらず、イラク軍への助言や訓練を理由に米軍約2500人が残留。今月、オースティン国防長官が首都バグダッドを電撃訪問し、今月20日でイラク戦争開始から20年になるのを前に、引き続きイラクに米軍を駐留させる考えを表明した。いつまでいるつもりなのだろう。
近年、イラクやアフガニスタンで何が起こっているかに興味を持って来ましたか。米国や北大西洋条約機構(NATO)に、自分たちのやっていることに間違いはないのかどうか、聞いてみたことはありますか。
ラブロフ外相:米国には世界中どこでも国家安全保障を脅かすと宣言する権利があって、ロシアには国境でもそれを宣言する権利がないのですか? pic.twitter.com/gScOoJwyY5
— ShortShort News (@ShortShort_News) March 4, 2023
聴衆はここで拍手している。ラブロフ氏の指摘が良いところを衝いたからだろう。
近年、米国がイラクで何をしたかといえば、2020年1月、同国を訪問中だったイラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官を空爆で殺害。イラクのアブドルマハディ首相(当時)から「イラクの主権を傲慢に侵害した」と非難された。2021年末に過激派組織「イスラム国」(IS)掃討が完了したにもかかわらず、イラク軍への助言や訓練を理由に米軍約2500人が残留。今月、オースティン国防長官が首都バグダッドを電撃訪問し、今月20日でイラク戦争開始から20年になるのを前に、引き続きイラクに米軍を駐留させる考えを表明した。いつまでいるつもりなのだろう。
一方、アフガンでは2021年8月30日、NATO軍とともに撤退を完了し、20年近く続いた戦争をようやく終わらせたものの、撤退間際の8月29日、首都カブールでアフガン市民を支援していた団体職員をテロリストと誤認し、乗用車ごとドローン(小型無人機)で爆撃。子供7人を含む一家10人が死亡した。撤退後、荒廃した国土に行政機能のまひや医療崩壊、干ばつ、食糧難が同時発生し、「世界最大の人道危機になりつつある」と国連が警告した。そのさなかの2022年2月、アフガン中央銀行の準備金として米国内で凍結されていた70億ドルの資産のうち、半分を人道支援に使うとして大統領令に署名。資産はアフガン国民の財産であるにもかかわらず、残り半分は9・11テロ犠牲者の遺族への賠償にあてられる可能性があり、人道支援団体からは「アフガン市民をさらに苦しめる」と憤りの声が相次いでいる。
イラクにしろアフガンにしろ、もしこれらの行為のうち一つでも米国やNATOでなくロシアの仕業なら、今ごろ轟々たる非難を浴びているのは間違いない。ところが西側メディアはほとんど批判しない。その一方で、どうみても米国やNATO以上に悪質とは思えないロシアの行動を、問答無用に罵るのだ。
ラブロフ氏は続ける。
ショルツ(独首相)、ベアボック(同外相)、マクロン(仏大統領)らは、OSCEヘルシンキ最終法が破られたのは今回(のロシアによるウクライナでの軍事行動)が初めてだと言っていますが、彼らはセルビアが爆撃された1999年について覚えていないようです。
ここでも拍手が起こっている。「OSCEヘルシンキ最終法」とは、欧州安全保障協力機構(OSCE)で採択された最終合意文書。「ヘルシンキ宣言」とも呼ばれ、国境変更のための武力行使の禁止などを定める。日本を含む西側諸国は、ロシアのプーチン大統領が昨年2月、ウクライナ東部のロシア系住民がつくった「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認し、ロシア軍を平和維持目的で両共和国へ派遣したことに対し、国連憲章やヘルシンキ宣言に反する国際法違反だと非難している。
これに対しラブロフ氏は「セルビアが爆撃された1999年」に注意を喚起する。当時、旧ユーゴスラビアでの紛争に米主導のNATO軍が介入し、セルビアを空爆してコソボの独立を支援した。もしコソボの独立が違法でなかったのなら、ドネツク、ルガンスク両共和国の独立も違法ではないはずだし、両共和国の要請に基づいてロシアが軍を派遣したことも違法ではないはずだと、ラブロフ氏は言いたいのである。
なおラブロフ氏は、当時米上院議員だったジョー・バイデン氏(現大統領)の「平和のために(セルビアを)爆撃しなければならない」という言葉に触れ、肩をすくめている。「平和のための爆撃」という言葉が完全に矛盾し、あまりにもグロテスクだからだろう。
ラブロフ氏はこの後、イラクに大量破壊兵器があるという虚偽の理由に基づき米国がイラクに侵攻したことに触れ、次のように強調する。
米国は地球上のどの場所でも、国益が脅かされていると宣言する権利があると、信じられているとします。ユーゴスラビア、イラク、リビア、シリアで、大西洋を越えて1万マイル離れた場所で行ったように、米国はどこでもそうする権利があり、誰も疑問を呈さない。一方、ロシアですが、米国がイラクやその他の地域に対して行ったように一夜ではなく、10年以上にわたって、「非常に悪いことをやっているよ」と警告してきました。海の向こうではなく、我々の国境での話です。何世紀も何十世紀もロシア人が住んでいた地域の話です。
ロシアが10年以上にわたり警告してきた「非常に悪いこと」とは、NATOがロシアの反対を無視して東方に拡大してきたことや、西側諸国の軍事支援を受けたウクライナ政府が東部のロシア系住民を攻撃してきたことなどを指しているとみられる。安全保障上や人道上、見過ごせないこれらの行為によって、ロシアは「戦争を仕掛けられた」とラブロフ氏は言いたいのである。
最後にラブロフ氏はこう言い切る。「これがダブルスタンダードでないのなら、私は大臣ではありません」。言い換えれば、自らは地球の裏側でも軍事介入を強行する一方で、ロシアには古くからの近隣地域での行動も認めない米欧の主張は、ダブルスタンダード以外のなにものでもないというわけだ。ここで会場は再び沸いている。
ラブロフ氏の主張に、聴衆がすべて同意したかどうかはわからない。それでも満場の人々の表情や拍手からは、同氏の話を真剣に受け止め、かなりの部分に共感している様子がうかがえる。少なくともこのインドの国際会議の聴衆たちは、ロシアを一方的に悪と決めつける日本のヤフコメの筆者たちとは違い、西側のダブルスタンダードはおかしいと理解する知性と常識を備えている。
こうしてみると、そもそもラブロフ氏の講演の一部を切り取り、「聴衆失笑」というタイトルを付けて取り上げた、ロイターのやり方はフェアとは言いにくい。
ラブロフ外相の言い分を詳しく紹介・解説すれば、それに賛成するかどうかは別として、読者はウクライナ戦争を複眼でとらえることができるし、それを手助けするのがジャーナリズムの役割のはずだ。しかし現実には、日本を含む西側の主流メディアはそんなことなどとうに忘れ、政府権力者の一方的な主張の拡声器でしかなくなっている。読者・視聴者への裏切りでしかない。
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