7月に行われた米共和党全国大会では、一部から金本位制への回帰について委員会で調査することを求める声が上がった。同党の大統領候補指名でドナルド・トランプ氏の対抗馬だったテッド・クルーズ上院議員は昨年、予備選の討論会で「理想的には金本位制が望ましい」と発言し、話題となった。
後述するように、米国の著名な作家や学者からも、金本位制復活を主張する声が出ている。
金本位制とは、金(きん)をお金の裏付けとする制度である。今のお札は発行元である中央銀行(日本の場合は日本銀行)に持ち込んでも何にも換えてもらえないが、金本位制なら、金貨や金の延べ棒と一定の割合で交換してもらえる。
中央銀行は、お札がいつ持ち込まれても大丈夫なように、裏付けとなる分の金をいつも手元に準備しておく必要がある。逆にいえば、手元にある金の量を上回るお札を刷ることはできない。中央銀行がお札を野放図に刷りまくらないよう、金で歯止めをかけるわけだ。
金本位制のメリットは、ここにある。今の通貨制度では、中央銀行が事実上無制限にお金の量を増やすことができる。そのお金を頼りに政府が国債を発行すれば、政府の借金も天井知らずで積み上がることになる。これが現在、先進各国が直面する財政危機の構図だ。
金本位制であれば、政府・中央銀行が好き勝手にお金を発行し、借金を増やし、国民にツケを回す無責任な金融・財政政策はできなくなる。無駄な公共事業や非効率な福祉政策、軍事支出にも歯止めがかかる。
財政危機に直面する米国で、あくまで少数意見とはいえ、金本位制が注目される背景には、こうした金本位制への期待がある。米国以上に財政状況が深刻な日本でも、十分検討に値するはずである。
金本位制復活論に対しては、たいていの経済学者やジャーナリストはもちろん反対で、異口同音に「非現実的」「とんでもない暴論」といった批判を浴びせる。しかし、それらの批判は本当に正しいだろうか。
金本位制復活論者の主張
前述のように、米国では政治家だけでなく、著名な作家や学者も金本位制復活論を真剣に唱え始めている。そのひとりは、作家のジェームズ・リカーズ氏である。
リカーズ氏は、すでに邦訳のある『通貨戦争』『ドル消滅』(ともに朝日新聞出版)でも金本位制を再評価してきたが、今年4月に刊行した新著『新・金擁護論』(未邦訳)であらためて金本位制復活を訴えている。
同書でリカーズ氏は、金本位制に反対する人々がよくする批判をいくつか取り上げ、それぞれ反論する。
たとえば「金の量が足りないので、金融と商業を支えられない」という批判がある。これまで世界で採掘された金は合計約17万トンで、オリンピック公式プール3.5杯分といわれる。わずかこれだけでは高度に発達した世界経済をとても支えられない、というわけだ。
これに対しリカーズ氏は、金本位制でも世界経済を支えることはできると反論する。同氏によれば、反対論者は今の金価格を前提として考えている。しかし金価格を十分引き上げれば、今の金の量のままでも問題はない。
わかりにくいかもしれないので、一言説明しておこう。今の経済では、金の価格は市場の需要と供給によって日々変動する。しかし金本位制の下では、中央銀行がつねに一定の価格で金とお札を交換するから、金の価格は事実上、政府によって固定されることになる。
「金はつねに十分にある」
さてリカーズ氏によれば、金本位制に復帰する際の金価格は、物理的な金の量と通貨残高の単純な比率から決定できる。この計算にはいくつかの仮定が必要である。どの通貨を含めるか。通貨残高の定義は。金と通貨の比率をどうするか、などだ。
なお、通貨残高はお札など現金だけでなく、銀行預金なども含める必要がある。預金は引き出せば現金になり、金と換えられるからだ。
歴史上の例をみると、1815年から1914年まで英国の中央銀行であるイングランド銀行は通貨量に対し金の裏付け20%で金本位制を運営した。1913年から65年まで米連邦準備理事会(FRB)は米ドルに対し金の裏付け40%以上を義務づけられた。一般に、中央銀行に対する国民の信頼が厚いほど、金の裏付けが低くても金本位制は維持できるとリカーズ氏は指摘する。
同氏によれば、たとえば米国、ユーロ圏諸国、中国が金本位制採用で合意し、通貨残高はM1(現金と当座預金)を使い、金の裏付けを40%とした場合、金価格は1オンスおよそ1万ドルと計算できる。通貨残高M2(M1+普通預金および小額の定期預金)で裏付け100%なら5万ドルとなる。いずれも現在の金価格(約1300ドル)に比べると大幅な上昇だ。
適切な金価格さえ定めさえすれば、「金はつねに十分にある」とリカーズ氏は強調する。
冷静に議論されるべきメリット
米国の未来学者ジョージ・ギルダー氏も、昨年出版した『21世紀の金擁護論』(未邦訳)で金本位制の再評価を説いた。ギルダー氏はレーガン政権の経済政策「レーガノミクス」を支えたといわれ、通信網の帯域幅はムーアの法則の3倍の速さで拡大するという「ギルダーの法則」でも知られる。
政府・中央銀行が好き勝手にお金を発行し、金利を決定する現在の金融制度について、ギルダー氏はこう批判する。
「通貨を印刷するにせよ金利を人為的に抑えるにせよ、貨幣の価値を操作して富を生み出すことはできない」
金本位制は1971年のニクソン・ショックで完全に姿を消すまで、米国が世界一の経済大国に成長するのを支えた。それからまだ半世紀もたたない。頭から「トンデモ」と決めつけるのでなく、そのメリットについて冷静に考えてみてもいいだろう。
(Business Journal 2016.08.12)*筈井利人名義で執筆
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