さて、政府は常日頃、ほかの税金でなく消費税の増税にこだわる理由として、現役世代への負担集中を避ける狙いを挙げる。たとえば財務省はホームページでこう説明する。
「社会保険料など、現役世代の負担が既に年々高まりつつある中で、社会保障財源のために所得税や法人税の引上げを行えば、一層現役世代に負担が集中することとなります。特定の者に負担が集中せず、高齢者を含めて国民全体で広く負担する消費税が、高齢化社会における社会保障の財源にふさわしいと考えられます」
しかし、消費税は本当に現役世代への負担が相対的に軽い税金なのだろうか。そのことを考える前提として、まず消費税の仕組みについて正しく理解する必要がある。というのも政府自身、正しい理解を妨げるような説明をしているからだ。
たとえば国税庁は「消費税のあらまし」というパンフレットで、「消費税は、消費一般に広く公平に課税する間接税です」と述べる。ところがこの短い文章に、読者をミスリードしかねない部分が3つもある。
まず、「消費一般」に課税するという部分である。消費税は名称にも「消費」という言葉が使われているし、消費者だけが払う税金だと思い込んでいる人は少なくないだろう。しかし意外に知られていないことだが、消費税は一部の例外を除き、原則あらゆる商品・サービスのすべての流通段階にかかる。消費者に売る最終段階より、その前段階で企業(事業者)どうしが行う多数の取引がむしろ課税の中心とすらいえる。
次に、「間接税」という部分である。税金のうち、納める人(納税義務者)と負担する人(税負担者)が同じものを直接税、異なるものを間接税と呼ぶ。消費税の場合、納めるのは事業者、負担するのは消費者というのが建前で、だから間接税ということになっている。だが現実には、直接税の側面も強い。後述するように、建前どおりに消費者が負担するとは限らず、自腹を切る事業者が少なくないからだ。
3つめは、「公平に」という部分である。政府として不公平とはいえないだろうが、消費税は所得の低い消費者に相対的に負担が重く公平でないと指摘されるほか、事業者からみても不公平な点がある。
消費税は価格への転嫁が法律で保証されていない。転嫁できるかできないかは、事業者の交渉力・競争力次第である。力が強ければ転嫁できるが、力のない事業者は、販売先や消費者から消費税分を取れず、自腹を切らざるを得ない。
原材料の値上がりなど、市場で起こったコスト高なら力関係に左右されても仕方ない。だが、政府自身が押しつけた税を自力で転嫁しろ、できない者は自腹を切れとは、とても公平とはいえない。
以上の点から、消費税のあまり知られていない問題点が浮き彫りになる。すなわち、現役世代への負担が軽いという政府の宣伝とは裏腹に、現役そのものである事業者、とくに中小企業や自営業者を直撃し、弊害をもたらす税金だということである。
企業活動に及ぼす弊害
以下、消費税が企業活動に及ぼすおもな弊害を4つ挙げよう。
第1の弊害は、納税義務に伴う多大なコストを強いることである。消費税はすべての取引にかかるわけではなく、土地や有価証券の譲渡など非課税のものや、給与や国外取引などそもそも課税対象でない不課税のものがある。企業は自分が行った全取引を課税取引、非課税取引、不課税取引に分類しなければならない。しかも消費税は仕入れに際して負担した消費税分を控除できるので、売り上げだけでなく仕入れも分類しなければならない。
青山学院大学教授の三木義一氏は「消費税はシンプルというのは税率だけの話で、実際は大変複雑で、難解な税」(『日本の税金』<岩波新書>より)と指摘するが、まったくそのとおりだろう。次の消費増税時に導入される軽減税率が加わると、事務処理はもっと複雑になる。
第2の弊害は、赤字でも課税されることである。所得税や法人税は利益にかかる税金だから、経営が赤字の場合には払う必要はないが、消費税は違う。たとえ赤字でも売り上げがあれば必ず払わなければならない。それでも導入後しばらくは、年間売上高3000万円以下は免税とされたが、2005年に1000万円に引き下げられてしまった。
資金繰りに余裕のない中小企業や自営業者にとって、赤字でも税金を払わなければならないほど苦しいことはないだろう。事実、多くの事業者が期限までに払えず、滞納が相次いでいる。14年度も、新規に発生した国税の滞納額のうち消費税は3294億円(全体の55.7%)と半数を超え、圧倒的な多さだった。税率が上がれば滞納がさらに増えるのは必至だ。
第3の弊害は、転嫁できない場合があることである。もし事業者が販売先や消費者から消費税分を必ず取る(転嫁する)ことができれば、滞納が多発することはないだろう。しかし、実際には中小・零細企業を中心に、転嫁できない場合も多い。売上高1000万円以下の零細事業者は納税を免除されるが、仕入れに際して消費税を負担しているから、その分を商品価格に上乗せできないと利益が減ってしまう。
日本商工会議所が中小企業を対象に実施し、昨年8月に発表した調査によると、売上高1億円超の事業者の約7割(68.9%)が「転嫁できた」 と回答する一方で、売上高1000万円以下の事業者は「転嫁できた」との回答が半分以下(46.9%)にとどまる。売上高が小さくなるほど、「全く転嫁できなかった」との回答が多い。
国民を分断・対立させる
最後に第4の弊害は、自営業者に対する不信を招くことである。消費税を転嫁できない場合があるというと、消費者は「でも買い物をすると、いつもレシートに消費税額が書いてある」と疑問に思うかもしれない。もちろん形式上は、本体価格に消費税を加えて売らなければならない。だがそれは、実質転嫁できていることを意味しない。売れなくなることを恐れて、本体を値引きしているかもしれないからだ。
しかし、消費税の実態を知らない消費者は、レシートに書いてある以上、自分は消費税分を負担したと思うだろう。それなのに消費税を滞納する業者が多いと聞けば、消費者から預かった消費税を着服したと誤解し、業者に不信を抱くに違いないし、事実抱いている。
消費税に便乗し、過大に値上げする業者もいるかもしれない。だが市場競争にさらされている以上、そんなことができるのは少数とみるべきだろう。
こうした不信を生むそもそもの原因は、政府が「次々と転嫁され、最終的に(略)消費者が負担する」(国税庁パンフレット)という建前を振りかざすことにある。サラリーマンやその家族にはもともと、自営業者は所得を十分に把握されず、税逃れをしているという不信が強い。消費税はそれに拍車をかける。何かというと日本人の絆を大切にしろと説教を垂れる政府自身が、国民を分断し、対立させているのだ。
以上述べたように、消費税は現役世代に負担が軽いという政府の主張とは逆に、現役そのものである事業者を苦しめる。とくに中小企業へのダメージが大きい。そればかりか、自営業に対する不信や偏見を煽る。
中小企業や自営業が産業の裾野を形成し、将来を支える成長企業の多くもそこから生まれることを考えれば、日本経済や国民生活への悪影響ははかりしれない。まして震災で経済は打撃を受けている。廃止こそ望ましく、増税など論外といえる。
(Business Journal 2016.05.15)*筈井利人名義で執筆
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