2020-06-15

「個人消費は経済のエンジン役」はデタラメ!GDPは経済の実像を表していない?

政府が個人消費の刺激に躍起になっている。今月開いた経済財政諮問会議では、民間議員がいくつかの施策を提示した。プレミアム付き商品券・旅行券を発行するほか、子育てサービスに使えるバウチャー(クーポン券)の導入などを提言。米国で定着する年末商戦「ブラック・フライデー(黒字の金曜日)」の日本版となる大規模セールを始めることも示した。

いずれも、低迷する消費を刺激し、政府の掲げる「国内総生産(GDP)600兆円」を実現するための策という。


政府が個人消費の喚起に懸命になるひとつの根拠は、GDPに占める割合が高いことにある。確かに統計上はそうなっており、そのため個人消費は「経済のエンジン」と呼ばれることもある。しかし経済の現実に照らして、個人消費は本当にそう呼ぶにふさわしい重みを持っているのだろうか。


経済の牽引役は個人消費という固定観念


個人消費がGDPに占める割合をみると、世界一の経済大国である米国の場合、約7割に達し、2割足らずの政府支出や民間投資を大きく上回る最大の構成要素である。このため米経済はしばしば消費主導型であるといわれる。

毎年米国で、「ブラックフライデー」に始まるクリスマス商戦の模様をメディアが過剰なほどに報道するのも、米経済の牽引役は個人消費であるという固定観念が背景にあるといってよいだろう。

日本の場合、米国ほどではないものの、個人消費はGDPの約6割を占める。GDP統計が発表されるたびに個人消費の動向が注目されるのも、米国と変わらない。

GDPは一国の経済状態を示す最も包括的な統計とされる。そのなかで個人消費が圧倒的に高い比率を占める以上、これを「経済のエンジン」と表現することに特段の問題はないように思える。だが、見過ごされている点がある。それはGDP統計のそもそもの仕組みである。

一般にはほとんど知られていないが、GDPの計算方法は、英国の著名な経済学者ケインズの思想に強い影響を受けている。

GDPの問題点を早くから指摘してきた米エコノミスト、マーク・スコーセンは『経済学改造講座』(原田和明・野田麻里子訳/日本経済新聞社/1991年刊)で、「ケインズによれば、一国の繁栄は基本的に経済の最終支出の合計、すなわち消費者、投資家、政府による支出の合計によって決定される」と説明したうえで、「この総需要という概念は、生産性、技術進歩、貯蓄が経済発展の鍵であるという古典的な見方ときわめて対照的」と指摘する。

ケインズの考えに基づき、1940年代にGDP(当時はGNP=国民総生産)が考案された。しかし、それは問題をはらんでいた。スコーセンはこう述べる。

「消費の側から国民生産を見るというこのアプローチには、経済活動が生み出す生産の価値のすべてが含まれているわけではないという問題がある」

つまり、GDPは最終ユーザーに売られた財とサービスの生産しか勘定に入れない。最終消費段階にまだ到達していない中間投入物、すなわち原材料、半製品、問屋にある製品、未完成品(在庫を含む)に伴う経済活動はすべて除外されてしまう。

具体的にいえば、GDPには消費者が購入した自動車(最終財)の売り上げは含まれるが、自動車を製造するために使用された鉄鋼、タイヤ、ガラスといった原材料(中間財)の売り上げは含まれない。その理由として公式見解では、中間財の付加価値は最終財の中に含まれており、中間財と最終財の売り上げを合計すると二重計算になってしまうからだ、と説明される。

重複部分を除くことで、統計のつじつまは合うだろう。しかし原材料を利用可能な財やサービスに変える活動は、いわば経済の心臓部である。それを無視すれば、経済活動の実像をはなはだしくゆがめてしまう。企業の生産活動を過少評価する一方で、個人消費を過大評価することになるからだ。

こうした問題意識に立ったスコーセンは、GDPに代わる統計の公表を1990年代から主張してきた。中間財を除かず、すべての生産物の売り上げを合算した指標である。この指標では、生産が消費より過少評価されることなく、経済の実像に近いデータを把握できる。しかし、そうした主張はなかなか受け入れられなかった。

個人消費刺激、経済活性化の効果は限定的


2014年4月、米政府はようやく重い腰を上げた。中間財を含む合計値である「総産出(Gross Output=GO)」を四半期ベースで公表しはじめた(それまでは年1回だけの公表)。公表に先立ち、統計作成を担当する商務省経済分析局(BEA)の局長からスコーセンに対し、「当局は経済活動のより包括的な測定の必要性を認識している」という内容の手紙が送られてきたという。

BEAが公表した14年の統計でみると、GDPが17兆ドルであるのに対し、GOは31兆ドルと2倍近い規模である。スコーセンによれば、個人消費が米経済に占める割合はGOでみると4割に満たず、GDPでみた7割を大きく下回る。これが経済の現実に近いデータということになる。日本の場合も同様の傾向だろう。

そうだとすれば、政府が個人消費をあの手この手で刺激しても、経済全体を活性化させる効果は期待ほど高くないということになる。むしろこれまでもあったように、消費を先食いするだけに終わり、その後に厳しい反動をもたらすおそれが大きい。

メディアでは十年一日のごとく、「個人消費は経済のエンジン」といった表現が繰り返されている。こうした先入観にとらわれた報道では、国の経済を疲弊させる政府の浅はかな景気対策を正しく批判することはできないだろう。

Business Journal 2016.04.19)*筈井利人名義で執筆

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