2021-06-03

中国叩きのブーメラン


新型コロナウイルスの起源に関して、世界保健機関(WHO)は、近く次の調査の検討を始める方針を明らかにした。再調査は、ジュネーブの米国代表部がWHOに要求していた。バイデン米大統領も、中国の研究所から流出した可能性も含めて米情報機関に追加調査を指示している。

もともと新型コロナウイルスの流出説は、トランプ前政権が主張を始めた。トランプ前大統領らが「中国ウイルス」「武漢ウイルス」と呼んで中国への敵愾心を煽ったこともあり、主流メディアは陰謀論と決めつけ、バイデン新政権も距離を置いてきた。

ここに来てバイデン政権が流出の可能性に触れたのは、大きな転換だといえる。その背景には、米国世論の関心の高まりがあるとされる。

先月、米紙ウォールストリート・ジャーナルは、米情報機関の未公開の報告書の内容として、武漢ウイルス研究所の研究者三人が新型コロナの確認前に「病院での治療が必要になるほど体調を崩していた」と報じた。米FOXニュースも、ファウチ大統領首席医療顧問がイベントで「ウイルスが動物を介して人に感染した可能性が高いという人もいるが、他の可能性もある」と発言したと伝えた

これら両メディアはいずれも保守系であり、保守層の間に根強い中国への不信感に火をつけた格好だ。

しかし中国への不信感を煽っているのは、トランプや保守系メディアだけではない。バイデン政権自身、発足以来の短期間で、中国に対し強硬姿勢を示してきた。新疆ウイグル自治区や香港の人権問題、台湾問題などだ。

米国の大統領にとって、中国やロシアに対する強硬姿勢をアピールするのは、軍産複合体の支持を得るのに便利な手段だ。ウイルス流出説にしても、トランプの印象が強いうちは使いにくかったが、そろそろ手の内のカードに加えておこうということかもしれない。

流出説を報じたウォールストリート・ジャーナルのマイケル・ゴードン記者は、ニューヨーク・タイムズ記者時代の2002年、同僚のジュディス・ミラー記者と連名で「イラクのサダム・フセインは原子爆弾の部品調達を急いでいる」という一面トップ記事を書き、当時のブッシュ政権にイラク戦争を始める口実を与えた。記事の情報源は匿名の「情報専門家」だった。しかし結局、核兵器を含む大量破壊兵器はイラクに存在しなかった

今回の流出説報道も、情報源が米情報機関であることといい、バイデン政権の対中強硬策を後押しする形になったことといい、十九年前のイラク戦争の構図と似ている。米情報機関とメディアが裏で手を組んだ可能性は否定できない。

武漢研究所からのウイルス流出が、イラクの大量破壊兵器のように、まったくの嘘かどうかはわからない。しかし本当だとしても、中国叩きにとっては裏目に出るかもしれない。武漢のウイルスは、皮肉なことに、米国民の税金によって育てられた可能性があるからだ。

オバマ政権時代、米国立衛生研究所(NIH)は機能獲得研究と呼ばれる遺伝子操作実験が危険とされたため、武漢研究所に外部委託した。NIH傘下の米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)所長のファウチが委託を推進したとされる。

ファウチは5月11日、上院公聴会で、NIHは武漢での研究に資金提供しているかとのランド・ポール上院議員(共和党、ケンタッキー州)の質問に答え、「資金提供したことはないし、今もしていない」と否定した。ところがその後、武漢研究所は資金使途について嘘をつかなかったかとのジョン・ケネディ上院議員(同、ルイジアナ州)の質問に対し「保証する方法はない」と述べ、資金が研究に使われた可能性を認めた

米国と武漢の奇妙なつながりはこれだけではない。2019年10月末に武漢で行われた世界軍人オリンピックに参加した米軍人がウイルスを持ち込んだとの説もある。

物や人がグローバルに移動し、国を越えた研究活動も行われる現代に、ウイルスの起源を特定の国に結びつけ、政治的な攻撃材料にすること自体、時代錯誤である。米国の政治家や情報機関、メディアが流出説を中国叩きに利用すれば、自分たちにブーメランのように戻ってくるのではないか。

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