日本を代表する映画監督で、世界にも影響を与えた黒澤明監督が生きていたら、さぞ憤ることでしょう。代表作の一つ『生きる』で、官僚主義の愚かさ、醜さを痛烈に批判しているからです。
市役所の市民課長、渡辺勘治(志村喬)は30年間無欠勤、まじめだが事なかれ主義の典型的な役人です。ところがある日、自分が胃がんだと知り、これまでの生き方に疑問を抱きます。思い出したのは、住民たちが児童公園の建設を求めて提出した陳情書。勘治は残り少ない人生を公園実現に賭け、病身に鞭打って、縄張り主義に凝り固まった他部署の課長や、変化を嫌う上層部の説得に乗り出します。
勘治が公園建設を思い立つきっかけは、役所をやめておもちゃ工場に転職した元部下、小田切とよの言葉です。若くて活発なとよは、勘治におもちゃを見せ、こう話します。「これ作り始めてから、日本中の赤ん坊と仲良しになったような気がする。ねえ、課長さんも何か作ってみたら?」
とよの作るおもちゃは子供を喜ばせます。つまり、価値をもたらします。けれども勘治はこれまでの役人人生で、他人に喜んでもらった経験がないことに気づきます。余命短く、今さら転職はできません。しかし今の職場でも「やる気になればできる」と信じ、行動を起こします。
勘治の努力は実り、公園は完成します。しかし黒澤監督は、ただの美談で終わらせません。完成直後に公園のブランコで息を引き取った勘治の通夜の席で、酔った役所の部下たちは口々に「渡辺さんの後に続け」「死を無駄にしない」と気勢を上げますが、翌日には何もなかったかのように、窓口に訪れた住民を平然とたらい回しするお役所仕事を続けるのです。
劣悪なサービスでも顧客に逃げられる心配のない官庁が、官僚主義の悪弊を脱することは不可能なのでしょう。それでもそこで働く個人は、官僚主義に抵抗し、立派な生き方をすることができる。この名作は、そう訴えます。
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(note 2019/01/30)
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