元米下院議員、デビッド・ストックマン
(2022年12月23日)
繰り返し立証してきたように、ウクライナ戦争はロシアの侵略ではない。ソ連の共産主義による専制政治以前はつねに大ロシアの属国で、ときには不可欠な部分だった「辺境」(ロシア語で「ウクライナ」)における内戦なのである。じつは現在の内戦は、正規に選出された親露派の大統領に対し米政府がクーデターを起こした後、キエフに据えた非合法政権によって2014年に扇動されたものである。
After the Zelensky Spectacle – Let the Partition Begin!
— Antiwar.com (@Antiwarcom) December 23, 2022
by David Stockman@DA_Stockman #ZelenskyyAddress #Ukraine #UkraineNews #RussiaUkraineWar #UkraineRussiaWar https://t.co/SI7sGwkCGe pic.twitter.com/rXcIkBvbq5
米政府が演出するこの「政権交代」は、次は人工国家ウクライナの各地域を、言語、宗教、民族、経済などの長年の違いに基づき、互いに対立させるように仕向けた。クリミア、ドンバス、黒海沿岸地域のロシア語を話す住民が、キエフで政権を握ったウクライナの民族主義者やネオナチの政治家による弾圧を恐れて分離を求めると、ネオナチのアゾフ旅団を含むウクライナ軍の血生臭い暴力が住民たちに浴びせられたのである。
つまり、キエフ政権が東・南部のロシア語を話す住民に対して扇動した内戦は、公然の軍事支援を求める住民たちの嘆願にプーチン露大統領がようやく応えるまで8年間も続いた。それはキエフ政権の「自国民」に対する激しい攻撃によって、分離派の軍人と民間人が1万4000人以上殺された後でもあった。
プーチンが2007年のミュンヘン安全保障会議で、ウクライナのNATO加盟とモスクワから数分以内の核ミサイル配備は、越えてはならないレッドライン(最後の一線)だと主張して14年になる。しかし2020年2月には、レッドラインが越えられるのはほぼ確実となっていた。
そのうえ、ロシアの「侵攻」は、ウクライナ軍のドンバス砲撃が10日間にわたって大幅に強化された後に行われた。軍事行動と兵站のあらゆるシグナルが、キエフ政権による分離主義共和国への「侵攻」が差し迫っていることを暗示していたのである。
要するに、レーニン、スターリン、フルシチョフによって銃口で命を吹き込まれるまで存在しなかった専制的なソビエト社会主義共和国の「分割」は、つねに最終段階にあった。2014年以降、最終的に分裂のきっかけを作ったのは米国の不器用な覇権主義ネオコンであり、それはこの地域の歴史に対する深い無知によるものだった。
最後の合法的な選挙である2010年の大統領選で賽は投げられた。親露派のヤヌコビッチ候補が東部と南部(地図の青い部分)で60~90%の大差をつけて勝利し、ウクライナの民族主義者ティモシェンコ候補が中部と西部の経済的に豊かでない地域(赤い部分)で同様の60~90%の大差をつけて勝利した。
実際、地図の青い部分の都市名を見れば、ウクライナの戦争とは、ゼレンスキー同国大統領が昨夜(米議会演説で)笑止千万にも述べた「自由」をめぐる戦いではなく、分割をめぐる戦いであることがわかる。ハリコフ、ルハンスク、ドネツク、マリウポリ、ザポリージャ、クリビエリ、オデッサはいずれも2010年に大差で青(親露派候補)に投票し、2014年から内戦の前線となり、今年9月の住民投票ではほとんどがウクライナから離れ、ロシアに加わることを決めた。
米国の覇権主義者、ネオコン、戦争屋が住民投票は無効だと主張するのは間違いないが、それでは説明できないことがある。つまり、地図上のロシア語圏の青い地域では、ロシアの「占領者」や、分離派政府と民兵を動かす売国奴に反対する「抵抗」運動が地元住民の間で起こっているという報告はほとんどないのだ。どちらかといえば、住民たちは自分たちが「占領」されたのではなく、「解放」されたと考えている。
そして昨晩は米議会で究極の狂気といえる華やかな光景が繰り広げられ、米国・NATO(北大西洋条約機構)は1410億ドルを注ぎ、不幸な黒土の国の人々を事実上、大量虐殺しようとしている。つまり、外交的解決の明確な輪郭と、ありうべき休戦の境界線は、2010年の選挙で国民自身によって描かれたのである。
実際、プーチン氏の住民投票はすでに青い地域の大部分で終了しており、あとは戦闘をやめ、領土の現状を承認し、国際平和会議を開催し、2010年の選挙結果に含意されていた、共産主義後のウクライナの分割という論理的な結論を遂行できるようにすることだ。
共産主義後のユーゴスラビアやチェコスロバキアがそうだったように、(分離の)影響を受けたすべての国民ははるかに良い生活を送っている。レーニンが「ノボロシア」(帝政ロシア時代に征服された黒海北部地域)とロシア帝国の一部、第一次大戦後のガリツィア(ウクライナ南西部)から、スターリンが第二次大戦中のポーランド、ハンガリー、ルーマニアから、フルシチョフがロシアのクリミアから作った国境は、今こそ歴史のゴミ箱に入れなければならない。 世界が現在の危うい崖っぷちから退くためには、死後も残るソ連の虐殺者と暴君の影響力を消し去らなければならない。
(次より抄訳)
After the Zelensky Spectacle – Let the Partition Begin! - Antiwar.com Original [LINK]
0 件のコメント:
コメントを投稿