京大教授の佐伯啓思は『経済学の犯罪』(講談社現代新書)で「国内の雇用や経済を安定させるものは政府以外にない」と述べ、したがって「市場経済がそこそこうまくゆく」には、「市場が著しく不安定化した時に、これを支える『国家』が、市場の外部になければならない」と言う。
だが市場経済そのものに、不安定になる理由はない。佐伯自身が触れているハイエクが述べたように、市場は「人間の合理性や理性に極度に依存せずとも自ずから安定した秩序を生成しうる」からである。経済を不安定にするのは、安定をもたらすと信じられている政府である。
たとえば佐伯は、資本の移動が「過度に自由化され流動化され」た結果、投機マネーが横行し、「金融はバブルとその崩壊を繰り返」すようになったと嘆く。しかしそもそも、手に負えないほど膨大なマネー(現金・預金)を生み出したのは誰なのか。言うまでもなく、政府の一部門たる中央銀行である。現代において現金を刷ることができるのは中央銀行だけだし、銀行による預金の創造を金融政策で操作するのも中央銀行である。
政府は経済を安定させるためと称し、公共事業、社会保障、ときには金融機関や大企業の救済に多額の予算を注ぎ込むが、税収だけでは足りないので、国債を発行して資金を集める。その国債も民間だけでは消化しきれないので、中央銀行が自分でマネーを捻り出し、それで買う。中央銀行による国債の直接引受はたいてい禁じられているが、民間から買い取るのはお咎めなしである。
こうして膨れ上がったマネーが暴走し、バブルを引き起こす。つまり政府・中央銀行こそが経済を不安定にする元凶なのである。それを市場経済のせいにするとは濡衣もはなはだしい。
また政府が企業を救済すれば、経営者は「どうせ政府が助けてくれる」と舐めてかかり、過大なリスクをとるようになるから、結局経済の不安定につながる。公共事業は、それに依存する労働者が成長性のある産業に転職するのを妨げるから、政府予算が苦しくなり事業を維持できなくなれば、労働者は路頭に迷う。
佐伯は「〔市場経済の〕無秩序を支える権力がなければならない」と言うが、事実は逆である。市場経済こそが自由と規律を通じて社会に秩序を形成し、政府の権力はそれを破壊する。「自由は秩序の母であって、娘ではない」と説く無政府主義者プルードンの方が、佐伯よりよほど経済や社会を理解している。
(2012年10月、「時事評論石川」に「騎士」名義で寄稿)
>>騎士コラム
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