2017年2月16日木曜日

小谷野敦『なんとなく、リベラル』


米国の何を学ぶか

著者は感情的な反米論を批判し、米国からは学ぶべきところをとるのがよいという阿川尚之の意見に賛同する(p.114)。それには賛成だ。しかし問題は米国の何を学ぶかである。最近の米国の行動の多くは、米国自身の良き伝統に反しているからだ。

著者はイラク戦争を人道的に支持し、反対派に「ではフセインの独裁、反対派やクルド人への弾圧を放置しておいていいのか」と問う。ヒトラーによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を放置すべきだったのかと問う(p.219)。米国の伝統に学ぶなら、答えはイエスだ。

自衛に無関係な「人道的」戦争はしないのが、米国の伝統だ。第6代大統領ジョン・クインシー・アダムズが述べたように、「諸外国がアメリカの志向する理念や理想に反する内政を行っても、他国の問題に干渉するのを慎んできた」「アメリカは倒すべき怪物を探しに海外へ行ったりしない」(ロン・ポール『他人のカネで生きているアメリカ人に告ぐ』)。

しかしその後、米国は人道的戦争に乗り出す。結果は意図と違った。民主主義の大義を掲げて第一次世界大戦に参戦し、英仏がドイツに過酷なベルサイユ条約を強いるのを結果的に手助けし、ヒトラーの台頭を招く。ホロコーストはその結果である。

イラン・イラク戦争ではイランのイスラム原理主義は許せないとして、イラクのフセインを支援する。軍事介入が独裁者フセインを育てたのだ。その後イラク戦争でフセインを倒したところ、政治的不安定からイスラム国(IS)台頭をもたらした。

歴史に詳しい著者がなぜ上記のような人道的戦争の過ちに気づかないのか、不思議である。現実を見ない9条護憲論に対する著者の批判は正しい。だが軍事介入で世界を平和にできると信じる今の米国の外交政策は、同じくらい現実離れしている。しかも世界の人々にかける迷惑は、比べものにならないほど大きい。

著者は、日本は「専守防衛でいい」(p.115)と述べる。これにも賛成だ。しかしもしそうなら、わざわざ海外に怪物を探しに行くような米国の危険な外交政策を肯定し、それに付き従うのは矛盾である。

(追記)この書評に対し著者・小谷野敦氏より反論があり、ツイッター上で議論させていただきました。「米国と人道的戦争」を参照。

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