2017年1月26日木曜日

高橋源一郎『丘の上のバカ』


古代ギリシャの美化

民主主義を擁護する人はよく、古代ギリシャを一つの理想として語る。多数の市民が丘の上に集まり、重要な政治問題について熱心に議論する。無関心層の多い現代とは大違いというわけだ。しかしそんな社会が本当にすばらしいだろうか。

本書の引用によれば、アテネの政治家ソロンは、国内での争いに加わらず武器をとらない者は「無関心」だとして処罰した。著者は「『公』への無関心」を罰したと評価するが、暴力を好まぬ穏やかな人間を罰するとは野蛮もいいところだ。

政治に無関心な現代日本人と違い、ギリシャ市民は「公」の仕事にいそしんだ。議会や裁判員の務めはもちろん、戦争に備え普段から体育場で身体を鍛錬した。作家の著者は、読書や思索の時間をそんなことに奪われて平気なのだろうか。

ギリシャ市民はときに、公務に一年間は忙殺されたという。それでよく日常生活が送れたものだと、現代人は不思議に思うだろう。だがそれは心配ない。市民権を持つ成年男子は人口の一部にすぎず、生産活動は奴隷にやらせていたからだ。

著者は敬意を込め、ギリシャ市民を「丘の上のバカ」と呼ぶ。ところがそのバカたちは「愚かな意見」を怒りの声で退けたという。きっとその本当のバカはこう言ったのだろう。「なぜ決める必要がある? 各自で自由にやればいいだろう」

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