タフ・ネゴシエーターは優しい
交渉に従事する人の中には、交渉プロセスの本質を「いかに相手を欺いて、自分のみの利益を確保するか」と信じている向きもある。しかし、それは間違った思い込みだと著者は指摘する。良い交渉とは、「自分と相手方、双方の満足度が高まる交渉のこと」(第一章)という。
著者のこの指摘は、経済学の原理からも正しい。そもそも取引とは、互いに利益になるときしか成立しない。Aさんはリンゴを手放してオレンジを手に入れたいと思い、Bさんはオレンジを手放してリンゴを手に入れたいと思ったとき、初めて取引が成立し、双方がハッピーになる。
「弱肉強食の世の中で、双方の満足度を高めるなんて、単なる理想論だ」と思うかもしれない。それは違う。もし買い手がつねに騙されたと感じたら、売り手から離れていってしまうだろう。「うちにはどうせ一見客しか来ないから、長期的な視野などいらない」と考えても、悪い噂が流れて客足が途絶えるだろう。
だから「単なる理想論ではなく、実利的にも、双方の満足度を高めることを念頭においた交渉が求められるのです」(同)と著者は強調する。
そうだとすれば、優秀な交渉人(タフ・ネゴシエーター)に求められる資質も、一般に流布される「絶対に譲歩しない頑固なネゴシエーター」のイメージとは違ってくる。
頑固を通すことによって、もしかしたら相手が根負けし、短期的には得をするかもしれない。しかし譲歩した側は将来、何かしらの形で仕返ししてくる恐れがある。これは良い交渉ではない。
ネゴシエーターに求められる「タフさ」とは、「双方に全く譲歩の余地がないように思われる交渉においても、粘り強く考え続け、双方が歩み寄れる提案を搾り出す柔軟な思考力を意味するのです」と著者は述べる(第六章)。
探偵フィリップ・マーロウのせりふではないが、本当にタフな交渉人とは、相手の満足度を思いやる優しい人間なのだ。
「交渉が相手を欺いたり、根負けさせたりすることだとしたら、とても自分にはできない……」。そう悩む心優しい人を、この本は元気づけてくれる。
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