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2025-12-02

戦争の正当性

マレー・ロスバードによるこの文章は、戦争の正当性(Just War) の概念について論じたものであり、特に古典的な国際自然法の伝統と、第一次世界大戦(1914年)以降に支配的となった現代の国際法とを対比させています。

著者の戦争に対する基本的な見解と、米国の歴史における「正当な戦争」の特定、そして現代における「集団安全保障」や「人道的介入」への批判が中心的な内容です。


💡 著者の戦争観

  • 正当な戦争:ある民族が、別の民族による強制的な支配の脅威をかわそうとする場合、または既に存在する支配を打倒しようとする場合に存在する。

  • 不正な戦争:ある民族が、別の民族に支配を課そうとする場合、または既に存在する強制的な支配を維持しようとする場合に存在する。

  • 戦争と国家の権力:著者は、第一次世界大戦時のランドルフ・ボーンの言葉を引用し、戦争は常に「国家の健康(the health of the State)」であり、国家権力を拡大し、市民の自由と繁栄を犠牲にする手段であると主張しています。


🇺🇸 米国の「正当な戦争」

著者は、米国の歴史上、「明白かつ疑いようのない」 正当な戦争は以下の二つだけであると断言しています。

  1. アメリカ独立革命(American Revolution):アメリカ人が英国による望まない支配を排除しようとした戦争。

  2. 南部独立のための戦争(War for Southern Independence) (南北戦争における南部側の主張):南部諸州が、連邦政府による強制的な支配から離脱(脱退)しようとした戦争。

著者は、南部が連邦から脱退し、新しい連合を形成したことは、アメリカ独立革命と同じく「政治的絆を解消する」権利を行使した正当な行為であると主張し、リンカーンによる北部側(War of Northern Aggression)の戦争を不正な侵略であると見なしています。


⚖️ 古典的な国際自然法 vs. 現代の国際法

🏛️ 古典的な国際自然法(16世紀~19世紀)

  • 目的:戦争を廃止するのではなく、制限し、抑制すること。文明による制約を課すこと。

  • 核心的な原則

    1. 非戦闘員(民間人)を標的にしない:戦争は統治者とその軍隊の間で行うべきであり、民間人を可能な限り関与させない。

    2. 中立国の権利を保護する:中立は正当化されるだけでなく、積極的な美徳と見なされた。「中立を守る」ことは高い政治的手腕の証だった。交戦国は中立国による敵国への「禁制品」(武器弾薬に厳密に定義されたもの)以外の物資輸送に干渉できなかった。

🌐 現代の国際法(1914年以降)

  • 提唱者:国際連盟や国連の支持者たち、特にウッドロー・ウィルソンの外交政策とビジョン。

  • 特徴:戦争の制限ではなく、「戦争の廃止」 や「侵略の撲滅」を目指し、結果的に「永久平和のための永久戦争」という逆説的な結果を生んでいると批判されています。

  • ウィルソン流の正当化

    1. 「侵略に対する集団安全保障」:全ての戦争には「侵略者」と「犠牲者」がおり、国際社会は侵略者を特定し、「国際警察」として共同で対処する道徳的義務があるとする考え。しかし、現実には原因が複雑に絡み合い、単純な侵略者特定は困難であると批判。

    2. 「民主主義と人権の強制」:世界中に「民主主義」と「人権」を強制することが、米国および全ての国の道徳的義務であるとするユートピア的な考え。ソマリア介入(純粋な人道的介入の試み)をその失敗例として挙げています。


🔪 人道主義者とギロチン

  • 著者は、イザベル・パターソンの言葉を引用し、「人道主義者(humanitarian)はギロチンを持ったテロリストになる」 と警鐘を鳴らしています。

  • 人道主義者は、他者の生活における「主動力」たろうとし、人々が自らを助ける力を認めない。彼らが「他者のためになる」と考えることを、強制的に実現しようとする時、「ギロチンを設置する」 ことになる。

  • 南北戦争における北部の奴隷制度反対も、この「ギロチンを持った人道主義」の一例として批判されており、大量殺戮と破壊を正当化するために、熱狂的な千年王国主義的な道徳的原理が用いられたと論じています。


🛡️ 権利の普遍性と行使の地域性

  • 自然権の強制:たとえ普遍的な自然権が存在し、他国でその権利侵害(例:ルワンダでの虐殺)があっても、他のいかなる国にも介入する道徳的義務は生じないというのが古典的な自然法学者の見解であると指摘。

  • スローガン「権利は普遍的であっても、その強制は地域的であるべきだ」(Rights may be universal, but their enforcement must be local)。権利を守る責任は、その権利を持つ人々の「自分たちだけ」(Sinn Fein) にあるべきだとしています。


この記事は、戦争の道徳的・法的な評価において、個人の自由、契約理論、そして国家権力への懐疑を重視するリバタリアン的視点が強く反映されています。

(Geminiを利用)
Just War | Mises Institute [LINK]

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