2016年12月7日水曜日

中野京子『印象派で「近代」を読む』


芸術と企業家精神

技術革新はしばしば社会に軋轢をもたらす。上は政治エリートから下は古い産業の労働者まで、既得権益を脅かされる人々が反発・抵抗するからだ。しかし政治力で技術の進歩を妨げれば、社会は停滞し、物質的にも精神的にも貧しくなる。

本書によれば、印象派絵画に決定的な影響を与えた発明品がある。チューブ入りの既製絵具だ。19世紀になるまで、画家は使うだけの分量の絵具を工房内でそのつど調合して作らなければならず、戸外に出て絵を描くことはできなかった。

携帯しやすい既製絵具の発明によって、画家は外へ飛び出せるようになった。ここで著者は興味深い事実を明かす。既製絵具の販売を始めたのは、「画家になれなかった人たち、あるいは画家として生活してゆけない人たち」だったという。

1700年代の終わり頃、創作を断念した元画家や画家志望者は、自分たちであらかじめ練って作った、さまざまな色の絵具を売り出す。これは今でいう「起業」だと著者は述べる。その後、金属製チューブやネジ式キャップも発明された。

写真技術も絵画に大きな影響を及ぼした。肖像画家への打撃は深刻で、新古典派の大家アングルは政府に写真禁止を求めたという。だが一方で画家たちは写真を参考に斬新な表現を切り拓いた。写真を禁止すればこの進歩はなかっただろう。

写真の登場という衝撃をきっかけに、印象派もそのライバルであるアカデミー派も真剣に道を模索し、それがかえって絵画の質を高めたと著者は指摘する。技術革新による変化を恐れず、むしろ飛躍のばねにする企業家精神が社会を豊かにする。それは芸術の世界でも変わらない。

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