人間を解放する自動化
ロボットや人工知能(AI)による仕事の自動化が大量の失業を生み、社会を崩壊させるという警告をよく聞く。2020年の米大統領選に出馬を表明した民主党候補の一人、実業家のアンドリュー・ヤン氏は、仕事の自動化は米国社会を決定的に崩壊させるリスクがあるとし、それを防ぐために、成人の米国民すべてに無条件で毎月1000ドル(約11万円)のおカネを配るベーシックインカムを提案する。
しかし米国の社会哲学者、エリック・ホッファーの意見は違う。自動化は社会を崩壊させるどころか、人間が労働から解放される楽園に導くという。
本書でホッファーは、失業は必ずしも悪ではないと説く。失業は人間の創造的エネルギーを解き放つきっかけになりうる。その典型は、古代文明における文学の出現である。
文字が発明されたのは、書物を書くためではなく、帳簿をつけるためだった。文字の技術を生業とする書記は官僚であり、何世紀もの間、記録を取り続ける。その書記が作家として物を書き始めたきっかけは、失業だった。
エジプトでは、古代王国の崩壊で広大な官僚組織が瓦解すると、官僚の地位を失った書記の中から、朗々たる文句で国土に降りかかった災禍を記述しようと志す者が現れる。パレスチナでも、中央集権化したソロモン王国が崩壊し、書記が多数失業した後に文学が始まった。中国では周の崩壊後、国は群れをなして放浪する書記で満ちあふれ、文学や哲学にエネルギーを振り向ける。孔子もその一人であった。
ホッファーは、自動化によって大衆が労働から解放されることで、潜在的な創造力を実現できるとみる。文学、美術、科学などの才能は特別な人だけに恵まれているのではなく、一般大衆にもあるという。ルネサンス時代のフィレンツェでは芸術家の数が市民の数より多かったといわれるが、これらの芸術家たちの大半は店主、職人、農民、下士官などの息子だった。
7歳のとき失明し、15歳で突然視力を回復したホッファーは、一度も正規の学校教育を受けず、沖仲仕として長く働く。60歳を過ぎてカリフォルニア大学バークレー校の教授となるが、65歳になるまで港湾労働はやめなかった。
彼が半世紀以上前に本書で示した考察は、インターネットで大衆の創造力が花開く現在を見事に言い当てた。自動化が人間を解放するという予言も、きっと的中するだろう。
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