今こそ再評価のとき
読むことなしに不当なレッテルを貼られ、非難される思想家のランキングを作るとしたら、その首位は間違いなく、19世紀英国のハーバート・スペンサーだろう。
スペンサーは動物だけでなく人間についても「適者生存」という言葉を使ったために、弱肉強食を提唱する保守的な「社会的ダーウィニズム」の代表者としてしばしば批判される。しかし本書に収められたスペンサーの文章を読めばわかるように、そのような批判は「とんでもない言いがかり」(科学ジャーナリスト、マット・リドレー)である。
スペンサーの言う、人間社会における「適者」とは、軍事力や政治権力、物理的実力を持つ強者のことではなく、他者との互恵的協力関係に適した人々を指す。弱肉強食は軍事力や政治権力、物理的実力が物を言う野蛮な軍事型社会の特色であって、スペンサーが好ましいと考える、自由市場に基づく産業型社会の特色ではない。
スペンサーは政府の福祉政策に反対したことから、冷たい「弱者切り捨て」論者だと非難される。しかしスペンサーが批判したのは国家による強制的な福祉であって、民間の私人による福祉活動は支持していた。森村進氏が訳者解説で述べるとおり、国家による娯楽の援助や国教会制度に反対するからといって、娯楽や宗教の活動に反対することにならないのと同じである。
19世紀後半、英国ではそれまでの自由主義が弱まり、国民大衆に利益をもたらすためなら個人の自由をいくらか犠牲にしても国家の干渉を歓迎する団体主義が勢いを増した。ジャーナリズムでは「人々はもはや社会主義を考えても恐れない」という声明さえ躍った。
スペンサーはこうした状況に対し「議会の法律が行うたくさんの社会主義的変化は〔略〕段々と国家社会主義に統合されるかもしれない」(「人間対国家」)と危機感を表明した。その後、彼の憂慮したとおり、英国は2度の世界大戦による軍国化と戦後の福祉国家化で社会主義にさらに傾斜し、英国病と呼ばれる衰退をたどる。
先進国で社会主義が一種のブームとなる今こそ、スペンサーを正しく再評価し、野蛮への逆行を防がなければならない。
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