2016年10月17日月曜日

〔翻訳〕ローマを滅ぼした物価統制

Richard M. Ebeling, How Roman Central Planners Destroyed Their Economy(ローマの中央経済計画が経済を滅ぼした顛末)より抜粋。

301年、ローマのディオクレティアヌス帝は有名な物価統制令(Edict of Diocletian)を発する。穀物、肉、卵、衣料などの商品価格を定めた。これらの商品の生産に従事する者の賃金も公定した。公定価格を上回る価格で売った場合、死刑になった。

物価統制令が出ると、農家や手工業者の多くは商品を売る意欲(incentive)を失った。彼らが公正な市場価値と考えるよりも公定価格はずっと安かったからだ。そこでディオクレティアヌス帝は、商品を売らずにしまい込んだ者も死刑にした。

考古学者(archeologists)は、ローマ帝国政府が定めた価格表を発見した。千を超す種類の商品や労働サービスに対する法定価格・賃金が列挙されていた。

当時の記録にいわく、「皇帝はあらゆる商品(vendible things)の価格を自分で決めた。ほんのささいな違反も死刑だ。値段が安すぎるので誰も食料を売らなくなり、飢餓が広がった。多数が命を落としてようやく、物価統制令は有名無実化した」

ローマ帝国が弱体化し、滅んだのは、自由で豊かな社会を築くために欠かせない思想を失ったからである。それは個人の権利と自由な市場に関する哲学(philosophy)である。

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