2016年10月10日月曜日

祝田秀全『銀の世界史』

銀の世界史 (ちくま新書)
銀の世界史 (ちくま新書)

経済は昔からグローバル

保守にもリベラルにも人気のある「国民経済」という言葉は、「丸い三角形」と同じくらいナンセンスである。経済の本質はグローバルであり、国境によって区切られる合理的理由はないからだ。むしろ政治に切断された経済は衰亡する。

著者は「綿工業から始まった資本主義は、成り立ちの段階から世界的であった」と正しく述べる。最初に各国別の資本主義があり、それらがしだいに結びついてグローバル資本主義に発展したのではない。最初からグローバルだったのだ。

18世紀中頃、英国マンチェスターで綿工業が始まる。綿花は熱帯性の植物で、欧州では手に入らない。原綿は遠く大西洋を越えて、カリブ海の西インド諸島や北米大陸南部から運ばれた。資本主義は一国では成立しないのである。

当時、黒人奴隷制が西インド諸島の耕地で大規模に行われたことを著者は強調する。もし資本主義に奴隷労働が不可欠と言いたいのだとしたら、それは誤解だ。もしそうなら、資本主義が発達するほど世界で奴隷が増えるはずである。

日本も徳川家康の時代、世界経済に積極的に参加する。朱印船でベトナム、カンボジア、タイ、フィリピン、台湾などに渡った日本人はおよそ10万人。日本人は農耕民族だからグローバル経済に向かないという俗説が嘘だとわかる。

話が近代日本に及ぶと、明治政府の帝国主義を勇ましく肯定したりするのはいただけない。それでも全体では、グローバル経済のダイナミズムを知ることができる。

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