2016年10月18日火曜日

宮下規久朗『欲望の美術史 』


清貧の幻想

芸術家は己の純粋な創造意欲のみに従って創作し、物質的な見返りなどに頓着しないと思われがちだ。しかし「それはまったくの幻想」と著者は指摘する。むしろ金銭に執着し、貪欲な人物のほうが才能に恵まれ、多産であることが多い。

イタリアの画家ジョットもティツィアーノも、大工房を構えて旺盛に制作しつつ蓄財に努め、莫大な富を築き上げた。フランスのラ・トゥールは、あくせくと有力者に取り入り、税の支払いを拒むなど「吝嗇にして強欲そのもの」だった。

報酬を巡る芸術家と注文者のトラブルもよくあった。著名な宗教画家エル・グレコは報酬のことでしばしば注文主と争った。「一種のクレーマー」と著者は記す。作品の売り上げに対する税金の支払いを拒否し、裁判を起こしたこともある。

西洋の芸術家だけではない。明治時代、河鍋暁斎は鴉(カラス)を描いた自作に百円という破格の値段をつけた。あまりに高すぎるのではと非難された暁斎は、これは鴉の値段ではなく、長年の画技修業の価なのだと答えたという。

「芸術家に見られる金銭への執着は、多くの場合、自らの腕と芸術への矜持に由来するもの」と著者は述べる。勝手に清貧のイメージを押しつけ、商魂や蓄財、税逃れはまるで芸術家失格であるかのように非難するのは、間違っている。

0 件のコメント:

コメントを投稿