2016年8月16日火曜日

〔翻訳〕徴兵制の反道徳性



*Murray Rothbard, Never a Dull Moment: A Libertarian Look at the Sixties(『リバタリアンが見た60年代』)より抜粋。

徴兵制を支持する人々は「社会を外国の敵から守らなければならない」と主張する。しかし「社会」とは、自分以外の人々全員(every person except you)のことである。

社会が人々のことだとすれば、どんな権利があってA、B、C、Dという4人が集まり、彼ら自身を守るためにEという人物を奴隷にして戦わせるのか。これはどう考えても、おぞましい道徳律(monstrous moral doctrine)である。

もしA、B、Cという人々が外部からの侵略者(outside invader)の脅威を本当に感じるのなら、自分たちの財布から金を出し、必要な軍事防衛を賄えばよい。そして自分たちで戦うか、彼らのために進んで戦ってくれる誰かを雇うかすればよい。

外敵を恐れる愛国者(fearful patriots)は自分自身で、あるいは人を雇って、自分を守ればよい。なぜ外国の脅威などナンセンスだと考える人や、防衛なるものはかえって有害だとみなす人まで、防衛の費用を払わなければならないのか。

徴兵は非効率(inefficiency)だから問題なのではない。すこぶる反道徳的で犯罪的だから問題なのだ。若者に兵役を強い、人生の何年もの期間虐げ、本人の意志に反して殺したり殺されたりさせるのだから。

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