2023-06-04

【コラム】戦争をやめたがらない人たち

木村 貴

「くらたま」こと漫画家の倉田真由美氏のツイートが話題になっている。5月31日の2本の投稿をまとめて引用しよう。

もし自国で戦争始まったら、「絶対勝ちたい」より「一刻も早く戦争やめてくれ」だよ。だから「頑張れよ!」と背中押しながら武器をくれる国なんか、ありがたいわけない。/自分や自分の大切な人たちの命を懸けていいものなんか、この世にない。
ウクライナ戦争を念頭に置いているとみられるが、全く同感だ。最初の投稿は、自分が交戦国の一庶民、あるいは一兵士だと想像してみればいい。戦争の始まった当初こそ、気分が高揚して「絶対勝ちたい」と思ったとしても、戦争が長引き、戦争を続けること自体が自分や家族の生命・財産を脅かすようになれば、たとえそれが「自衛戦争」(自国民の生命・財産を脅かす「自衛戦争」とは形容矛盾だが)であっても、「一刻も早く戦争やめてくれ」と願うようになる人は少なくないだろう。安全地帯の他国から「頑張れよ!」と励まされ武器を渡されても、その武器の使用によって即座に戦争が終わる(人類全体も終わるかもしれないが)保証でもない限り、ありがた迷惑でしかないはずだ。

2本目の「命を懸けていいものなんか、この世にない」という投稿は、最初の投稿の趣旨を踏まえれば、自分や大切な人の命を、戦争によって無理やり犠牲にさせられることへの批判と読むべきだろう。返信や引用リツイートで「自分の大切な人のためなら自分の命は懸けられる」「妻、母。私は命を懸ける」などと自分に酔ったように書いている人たちは、戦争とは何かをわかっていない。戦争は自分の愛する人を守るためにあるのではない。たとえ愛する人を犠牲にしようとも、政府が守れと命じたものを守るためにある。

ところが倉田氏のツイートにコメントした人の多く(いわゆる「保守」が中心のようだ)は、そうした戦争の冷酷な本質を理解していない。そのうえ、政府やメディアの喧伝する「ウクライナは善、ロシアは悪」という単純な図式を無邪気に信じ込んでいる。そして戦争をやめようというくらたまさんを偉そうに非難する。おめでたい限りで、これこそ本当の「お花畑」である。その中には著名な言論人や、プロパガンダを嘘だと知りつつ、それに乗っかって戦争をあおる悪質な専門家もいる。「戦争をやめたがらない人」を何人か紹介しよう。

まず、「元」小説家の百田尚樹氏だ(誤記はそのまま。改行、絵文字は省略。連続した投稿は一つにまとめる。以下同)。

家に強姦魔がやってきて、娘と母ちゃんを守ろうと、父ちゃんが必死で戦ってる時、娘と母ちゃんは「父ちゃん、ケンカをやめて!」と言うのかね。/で、「これで戦え」と、父ちゃんに棍棒を渡そうとする近所の人に向かってわ、「そんなもの渡さないで」って言うのかよ。/ま、こんな喩え話も通じないか
よくある素朴な「喩え話」だが、じつはこの話、戦争の喩えになっていない。実際の戦争で庶民の「父ちゃん」が守るのは、いや守らされるのは、自分の「娘と母ちゃん」ではない。政府中枢の政治家、軍幹部や官僚、それに近しい有力者である。喩え話でいえば、家に強姦魔が押し入ってきたのに、それを放っておいて、村長の家か畑に忍び込んだ泥棒を捕まえに行かなければならないのだ。

たとえその村長が非常な人格者で、日ごろお世話になっている人物だとしても、妻や娘が強姦魔に襲われるのを放置してまで、借りた棍棒を手に村長宅だか畑だかへと飛び出していく、お人好しの「父ちゃん」はいまい。ここで大事なお知らせだが、近所の人が貸してくれるこの棍棒、自分の妻や娘を守るために使うのはNGである。あくまで村長を守るためだけに使わなければならない。欧米がゼレンスキー政権に供与した武器をウクライナ市民が勝手に手に入れ、家族を守るため(それこそネオナチの強姦魔を撃退するとか)に使ってはいけないのと同じである。使えない棍棒なら、渡されても仕方ない。

次に、軍事ニュース解説者のJSF氏だ。
これって「戦争を止めたら殺されないし平和な暮らしが再開できる」という前提で言ってるんだろうけど、実際には「戦争で負けて占領統治されたら弾圧されて殺されたり逮捕されて自由が奪われる」「占領者に強制徴兵されて戦争に投入され使い捨てにされる」となる。/あとウクライナの例だと「子供を誘拐される」「女性は強姦される」「民間資産を略奪される」など・・・ これはブチャ虐殺が発覚する前から予想していた。
なるほど、たしかに日本は太平洋戦争で米国に負けた結果、なんと今だに全国に米軍が居座って事実上の「占領統治」が続き、とくに沖縄では米軍機の飛行で生じる騒音、米軍機の事故、米軍関係者による殺人や強盗、強制性交などの凶悪事件で住民は平和な暮らしを脅かされている。こうした許しがたい事実にJSF氏がどれだけ憤っているかは不明だが、戦争が終わったからといって平和な暮らしができるとは限らないというのは、そのとおりだろう。

しかしとりあえず本土では、戦後80年近く経つが、米軍から手当たり次第に逮捕され殺されたり、強制徴兵されて戦争に投入されたりするような事態には(まだ)なっていない。だとすれば、ある国が他国に戦争で負けたからといって、必ず『北斗の拳』か『マッドマックス』みたいな、買い物に行くだけでも命懸けのとんでもない世界になるとは心配しなくていいはずだ。支配する側にとっても、露骨な暴力の行使はコストが大きいのである。少なくとも、戦争が続けば自分や家族が戦闘や戦火で命を落とすのはほぼ確実なときに、占領後に訪れるかもしれない弾圧に気をもんで降伏を拒むのは、合理的な人間のすることではない。

おそらくJSF氏やその支持者は「日本が無事だったのは、占領したのが幸運にも米軍だったから。ロシア軍は違う」と反論することだろう。しかしそれは結果論にすぎない。太平洋戦争の最中、日本軍は米国を「鬼畜」と呼び、もし占領されたら恐ろしい虐殺・強姦の餌食になると信じ込ませた(実際、沖縄戦ではそれも一因となって多くの人が「集団自決」に追い込まれた。これが「自衛戦争」の現実である。なお虐殺・強姦は実際は日本軍自身が中国などで行っていた)。ちょうど今、ウクライナの人々が、降伏したら悪魔のようなロシア兵から虐殺されると信じ込まされているようにである。そこでは国民の保護ではなく「国体の護持」に必死な支配層によるプロパガンダが大きな役割を果たす。

たとえばJSF氏が触れている「ブチャ虐殺」だが、以前書いたように、これがロシア軍の仕業だというウクライナ政府の主張には、様々な状況証拠からプロパガンダの疑いが持たれている。同じくロシアによる子供の「誘拐」も、国際刑事裁判所(ICC)がその容疑によりロシアのプーチン大統領に逮捕状を出す騒動となっているが、子供たちが連れ去られた収容所とされる施設の一つを独立系ニュースサイト、グレーゾーンの記者が訪ねたところ、音楽学校だった。動画では少なくとも米軍のグアンタナモ収容所よりは安全に見える。

このほかにも、ドネツク州クラマトルスク駅のミサイル攻撃、ロシア兵による乳幼児レイプ、ポーランドで農家2人が死亡したミサイル着弾、ザポロジエ原発への砲撃、ドニプロの集合住宅破壊など、ロシアの仕業とされたものの、実際にはウクライナによる自作自演と判明したり、その疑いが濃かったりする出来事が少なくない。全容は公正中立な調査(いつできるかは別として)を待つしかないが、どうやらウクライナ政府の大本営発表を頭から信じるのは、やめたほうがよさそうだ。こんな意地の悪い私と違い、JSF氏はかなり純真な人と見える。

ここから国際政治の専門家2人だ。まず東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授である。こちらは短い。「日本が戦争することになったら、あっという間に占領されて支配され隷属させられることになりそうだな…」とツイートしている。中身はさっきのJSF氏とほぼ同じなので、言うことはあまりない。付け加えるとしたら、鈴木氏は、米国と並んで「鬼畜」と呼ばれた英国の大学に若いころ留学し、今では宇宙政策と安全保障の専門家として政府の委員にもなり、米国は「日本を宇宙での第1のパートナーとみてい」るなどと前向きにコメントしているという事実だろう。もしウクライナがロシアに降伏しても、若者は虐殺などされず、むしろロシアと親しいベラルーシの大学に留学したり、ロシアとの同盟関係を背景に出世したりできるかもしれない。鈴木氏自身の人生の軌跡がそうした明るい展望を抱かせる。

そしてお待ちかね、トリは慶應義塾大学法学部の細谷雄一教授である。こちらは長いので2カ所だけ紹介しよう。まず最初のツイート
戦争の後に来るものが、常に平和であるとは限らず、占領、人権侵害、虐殺であるということを歴史から謙虚に学ぶか、ウクライナなどの諸国での悲痛な声に耳を傾けるか、そのような過酷な現実を知る努力をしてほしいです。
JSF氏、鈴木氏とほぼ同じ中身だ。なんともワンパターンである。大学の先生相手に恐縮だが、論理学の指南をしておく。「A(戦争)の後に来るものが、常にB(平和)であるとは限らない」という命題は、「Aの後には、決してBは来ない」ということを意味しない。ところが細谷氏は(JSF氏、鈴木氏も)、あたかも戦争の後には決して平和は訪れず、必ず虐殺が起こるかのように読者を欺き、誘導している。これはプロパガンダである。

また、ここで細谷氏のいう「悲痛な声」を上げる諸国民に、ウクライナ軍や傭兵によって今も砲撃などで虐殺されるウクライナ東部ドンバス地方のロシア系住民(ちょうど日本軍にスパイとして虐殺された沖縄住民のように)が無情にも含まれていないのは明らかである。もし含んでいるなら、ゼレンスキー政権に対しただちに砲撃の中止を求めなければならないはずだが、細谷教授がそうした勇気ある発言をしたのを見たことはないし、人々が虐殺されるドンバスを訪ねて「過酷な現実を知る努力」をしたとも聞かない。つまり偽善である。次のツイートだ。

現在ロシアの攻撃を受けているウクライナの人々、2015年にロシア空軍の爆撃を受けたシリアの人々、2008年にロシアの攻撃を受けたジョージアの人々、2000年にロシア連邦軍の攻撃を受けたグロズヌイの人々が、いったいどのような経験をして、どのような悲劇の中にあったのか。

ここでも細谷教授の偽善とプロパガンダが全開である。ロシアの悪行を並べ立てるのはいいが、もし「悲痛な声」を上げる世界の人々に本当に同情するのなら、なぜロシア以上に多くの人々を犠牲にした米国の行為には口をつぐむのか。米国はドンバスの人々を攻撃するウクライナ政府に武器を供与してきたし、シリア内戦への介入で米軍はロシア軍よりも人道的だったわけではない。無差別爆撃はもちろん、健康被害が指摘される劣化ウラン弾を5000発以上使用した。しかも国際法を無視してシリア北部に居座って貴重な資源である石油を盗み、震災や制裁に苦しむシリアの人々をさらに苦境に追いやっている。
他にも米国の軍事介入やその後の占領統治のせいでアフガニスタン、イラク、リビアなどの人々は生命・身体・財産に多大な犠牲を被り、今も苦しんでいる。まさに「ならず者国家」であり、世界の人々の「悲痛な声」に心を傷める細谷教授なら当然、怒りを込めて米国を強く非難してしかるべきだろう。ところが実際にはどういうわけか、そんな発言は一切せず、駐日米国大使とにこやかにツーショット写真を撮ってアップしたり、敵性語だった英語(今のウクライナにとってのロシア語)でスマートにコメントしたりしている。そう、たとえ戦争に負けて敵国に占領統治されても、人によってはこうやって十分快適な人生を送れるのだ。

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