2023-06-30

ドル覇権が自壊する日

繁栄を極めた古代ローマ帝国は、財政政策の誤りによって自滅した。遠征に伴う巨額の軍事費、豪勢な建築物に充てる公共事業費などが膨らみ、それを賄うために代々の皇帝は銀貨に含める銀の量を徐々に減らすという安易な策を続けた。その結果、通貨の信用が失われ、物価の高騰が止まらなくなる。通貨の信用失墜とともに、ローマ帝国自身も衰亡の道を歩んでいった。
21世紀の現在、もう一つの巨大な「帝国」がローマと同じ道をたどろうとしている。アメリカ合衆国だ。

米ドルは第二次世界大戦後、英ポンドから基軸通貨の地位を奪い、世界経済に君臨してきた。だがその価値はほぼ一貫して下がり続けている。米消費者物価指数をもとに計算すると、1945年当時の1ドルは、購入できる物・サービスの量でみて、2023年現在の約16.90ドルに相当する。言い換えれば、現在の1ドルは1945年当時の約6%の価値しかない。

ドルの価値の毀損が加速したのは、1971年夏、当時のニクソン大統領が金とドルとの交換を停止、つまり金本位制から離脱した「ニクソン・ショック」以降だ。米国は中央銀行(連邦準備理事会=FRB)を通じて好きなだけ不換紙幣のドルを作り、それによって世界中から物やサービスを買えるようになった。いわば「打ち出の小槌」を手に入れたのだ。

打ち出の小槌を手に入れて、それを我慢して使わないほど自制心のある人は多くない。とりわけ、何かとカネの入り用な政治家先生だとしたら、どうなるかは目に見えている。「権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する」という英思想家アクトンの言葉どおりだ。

大統領をはじめとする米国の政治家は、建前では政府から独立したことになっているFRBに対し陰に陽に圧力をかけ、あるいはFRB側が忖度して、ドルを刷りまくった。政府は新たに作ったお金を何に使ったのか。戦争と福祉だ。ニクソン氏の前任であるジョンソン大統領が「偉大な社会」と銘打って始めた福祉国家は、今ではすっかり米社会に定着し、財政を圧迫している。米軍は自国の防衛に関係あるとは思えないような世界の隅々にまで介入し、多額の軍事費を浪費している。

その結果が、デフォルト(債務不履行)寸前まで膨らんだ巨額の政府債務と、94%の価値を失ったドルだ。エコノミストのパトリック・バロン氏は「米国はドルの供給を制御することで購買力を守るという責任を果たしていない」と批判する

このままだと、ドルの覇権が崩れ去る日は遠くないかもしれない。それは米国と政治的・軍事的対立を深めるロシアや中国のせいではない。ローマの愚かな皇帝たちと同じく、目先の利益にしか関心のない政治家たちが通貨の価値を失わせたことで招いた、自壊なのだ。

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