2018-12-18

ピラミッドと重税国家

東日本国際大エジプト考古学研究所は、エジプトにあるクフ王のピラミッド内部に存在するとされる巨大空間の有無を調査する。吉村作治学長らが2018年7月5日、福島県いわき市の同大で記者会見し、プロジェクト概要を説明した。年内にも現地に機材を運び込み、調査に着手する。

ピラミッド研究で有名な吉村学長は「ピラミッドの探査は予測がつかないこともありますが、ぜひ結果を出して、いわきのエジプト研究所はすごいと、名をとどろかせるよう力を尽くしてまいります」と決意を述べた。

古代エジプト文明の象徴ともいえるピラミッドは、今でも多くの謎に包まれる。その一方で、調査や研究の進展により、次第にわかってきたこともある。

その一つが、ピラミッドの建造に直接携わった人々の労働環境である。

100基を超すエジプトのピラミッドで最も大きいクフ王のピラミッドは、使われた石の数が約300万個。建設機械などない約4500年も前のエジプトで、このような大規模な建造物がどうやってつくられたのだろうか。

ハリウッド映画などでは、灼熱の太陽の下で多数の奴隷たちがむち打たれながら大きな石を苦しそうに運ぶ様子が描かれる。これは古代ギリシャの歴史家、ヘロドトスがその著書『歴史』に書き残した「クフ王のピラミッドは、10万人の奴隷が20年間働いてつくった」という記述が広まったためとされる。

現在では、こうしたイメージは誤りとわかってきた。

1988年、クフ王のピラミッドの近くで発見された「ピラミッド・タウン」と呼ばれる遺跡から、パンをこねて焼いたとみられる場所が見つかった。その後の調査でパン以外にも肉やニンニク、玉ねぎなどさまざまな食料が配給されたことがわかり、労働者はかなり高カロリーの食事にありついたと推測される。

エジプト考古学者の河江肖剰氏は、ピラミッド建造に携わった人々は奴隷ではなく「大量生産による大量消費を享受していた労働者たち」だったと指摘する。

このように近年のエジプト考古学は、ピラミッドが奴隷の過酷な労働で建造されたという旧来のイメージ払拭に一役買っている。それ自体は学問の進歩として興味深い。

しかし経済的な視点で注意が必要なのは、ピラミッド建造で働く人々が好待遇を享受していたとしても、当時のエジプトの人々すべてが幸せだったとは限らないことだ。むしろピラミッドでの労働条件が恵まれている分、その背後には庶民の苦しみがあったと見なければならないだろう。ピラミッド労働での好待遇は庶民から取り立てる税に支えられていたからだ。

古代エジプトの職業は楽でなかった。パピルスに記されたある詩によれば、「陶器師は泥だらけ、靴屋の手は真っ赤で悪臭がする。神殿の守衛は夜寝られない。商人は忙しく、出張しなければならず、税金を取られる。船員は故国に帰れないかもしれないし、船大工はノルマに追われる」(笈川博一『古代エジプト』より引用)といった具合だ。


兵隊の仕事も大変だ。詩によれば「シリア遠征に連れ出されれば着物もサンダルもなくなる。山に登らされ、水は三日に一回、それも悪臭がする塩水だ。病気にはかかるし、敵は攻めてくる。故郷の家族には会えない。除隊して帰るにしても遠征で消耗してボロボロになったあとだ」。まるで中東に軍事介入する現代米軍の兵士の嘆きを聞くようだ。

これらの職業に劣らず厳しい仕事だったのは、当時の主産業である農業だ。詩では「農夫は 、洪水が引くと耕作のための牛を借りに行く 。ところが牛はジャッカルに食べられてしまった 。種をまけば蛇に食べられる」と農民の悲惨な生活が描かれる。

ところがジャッカルや蛇よりも怖いものがあった。税を取り立てる、書記と呼ばれる官僚である。詩の続きによれば「収穫期になると書記がやってきて税を徴収する 。納める穀物がなければ自分は拷問され 、妻は縛られ 、子供には足かせがかけられる。近所の人は助けてくれずに逃げてしまう。それでも納める穀物はない」。当時の税は現金ではなく、穀物だった。

実はこの詩は、地位の高い書記が弟子に与えた「書記の勧め」という教訓である。書記以外の職業をさんざんけなした後で「書記になれば楽で豊かな生活が出来る。税金も納めない」と弟子にはっぱをかける。勉学の気を起こさせるために他の職業の苦労を多少は誇張したかもしれないが、それにしても重労働と重税のダブルパンチを食らう農民をはじめ、暮らしは楽ではなさそうだ。

「ナイルの賜」との異名を持つ古代エジプトには、ナイル川の水だけでなく、税を取り立てる書記もあふれていた。米国の著作家、チャールズ・アダムズによれば、課税の対象は販売、奴隷、外国人、輸入、輸出、事業などあらゆる領域にわたった。農業生産には20%もの税が課せられたが、これには家庭で育てたり作ったりした農作物や工芸品も含まれる。書記は家庭の台所をすべて見回り、主婦が税のかからないヤミの油を使っていないかどうか確かめた。

農地の大半は国が所有し、収穫税を払う農民に賃貸されたが、税額は実際の生産高ではなく、農地の面積から割り出す理論上の生産高に基づき計算された。ユークリッド幾何学は、エジプトの書記が農地の面積を測定する長年の慣習から発達したといわれる。

ファラオと呼ばれるエジプトの王が書記に与えた強力な権限は、権力の常として深刻な腐敗を生む。それを知ったファラオは特別査察官を養成し、書記の腐敗を監視させたが、やがてその査察官自身、自分が監視するはずの書記らと結託し、不法に税金を着服するようになる。

古代エジプトは官吏を多数抱え、官僚制の肥大に苦しむ。ピラミッドはその元凶の一つだった。ピラミッドの相次ぐ建設とその維持管理を支えるため、書記をはじめとする官僚の数が増加したのである。やがて衰退への道を歩むことになる。

巨大で神秘的なピラミッドは現代の私たちを魅了する。しかし奴隷労働というムチであれ、好待遇というアメであれ、その建設と維持を可能にしたのが政府の力だとすれば、同時代の人々すべてにとって喜ばしい事業だったかどうかは疑問が残る。現代の公共事業にも通じる教訓といえよう。

<参考文献>
河江肖剰『ピラミッド──最新科学で古代遺跡の謎を解く』新潮文庫
笈川博一『古代エジプト──失われた世界の解読』講談社学術文庫
Charles Adams, For Good and Evil: The Impact of Taxes on the Course of Civilization, Madison Books.

(某月刊誌への匿名寄稿に加筆・修正)

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