2016年6月18日土曜日

〔翻訳〕政府信仰という宗教



*ラーケン・ローズ『最も危険な迷信』(The Most Dangerous Superstition)より。

<抜粋>
政府とは、科学的概念(scientific concept)でもなければ合理的な社会学的概念でもない。人間が組織を作り協力するための論理的な実践方法でもない。政府への信頼は理性に基づくものではない。それは信仰に基づく。

政府の教義と、政府より劣る神々の教義がぶつかると、つねに政府の教義が優先される。「なんじ盗むべからず」(Thou shalt not steal)よりも「納税の責務を果たせ」が優先し、「なんじ殺すべからず」(Thou shalt not murder)よりも「兵役は国への義務」が優先される。

多くの人は無政府社会と聞くと、冷静に議論しようとせず、相手を侮辱し、感情的になり、弱肉強食の怖ろしい世界になると決めつける。これは彼らの政府信仰が、根拠と論理(evidence and logic)に基づきよく考えた結果ではないからである。

おかしなことにほとんどの国家主義者は、政治家がたいていの人よりも不正直で地位を悪用し、陰険で利己的だと認める。にもかかわらず、文明が存続するにはこれらの特別信用ならない連中(particularly untrustworthy people)に権力を与えろと主張するのだ。

政府信仰によって人々の争いはなくせない。むしろ個人的ないざこざ(personal disagreements)を、大規模な戦争や大衆の弾圧にエスカレートさせる。

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