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2025-12-22

キケロ、西洋文明の礎築く

古代ローマでは元老院や民会・法廷での弁論の必要から、ギリシャと同様、弁論術が発達した。独裁政権を樹立したカエサルの政敵で、共和政を擁護した文人政治家キケロ(紀元前106〜前43年)はローマ最大の雄弁家として知られる。カエサル死後はオクタウィアヌス(帝政ローマ初代皇帝アウグストゥス)を支持したが、失脚し、暗殺に斃れた。


地方の騎士の家柄に生まれ、ローマで学び、弁護士として頭角を現す。さらにアテネ、小アジア、ロードス島に遊学してストア派の哲学者ポセイドニオスらに師事し、弁論術、哲学を修め、ギリシャ語文献をラテン語に訳すなど修養を積んだ。ポセイドニオスの師パナイティオスからも影響を受けている。

経済学者で歴史家のマレー・ロスバードによれば、キケロはストア派の思想をギリシャからローマに伝えた偉大な伝達者である。キケロの明晰なラテン語を通じ、ストア派の自然法思想は2〜3世紀のローマの法学者たちに大きな影響を与え、その結果、ローマ法の大枠が形成され、西洋文明に広く浸透した。

キケロが伝えた思想のうち、とくに重要なのは、この自然法思想である。自然法とは、社会の秩序を維持し、人間の行動を規制する普遍的な法則を指す。時代や場所に関わらず、人間の理性に基づいて存在する不変の法とされる。その思想は対話篇「国家について」(岡道雄訳)の中で、ある執政官の言葉を借りて述べられている。

執政官は「真の法律とは正しい理性であり、自然と一致し、すべての人にあまねく及び、永久不変である」と宣言する。この法律を廃止することは正当ではなく、その一部を撤廃することは許されず、またそのすべてを撤回することはできない。また、この法は時代や場所に関わらず不変であり、「法律はローマとアテーナイにおいて互いに異なることも、現在と未来において互いに異なることもなく、唯一の永久不変の法律がすべての民族をすべての時代において拘束するだろう」と執政官は述べる。

さらに執政官は、この不変の法を定めた神に言及し、「万人がともに戴くただ一人の、いわば支配者であり指揮官である神が存在するであろう。すなわち彼が、この法の創始者、審理者、提案者である」と語る。そして「この神に従わない者はみずから自己から逃れ、人間の本性を拒否することにより、まさにそれゆえに、たとえ一般に刑罰とみなされているほかのものから逃れたとしても、最大の罰を受けることになろう」と厳しく警告する。

キケロは対話篇「法律について」(同)では、自身の発言として「最高の法(自然法)」と成文法を区別しなければならないと説き、自然法は「いかなる成文法よりも——およそ国家というものが成立するよりもはるか前の時代に生まれたものだ」と強調する。そのうえで、国を治めるには、すべてを成文法によって規定すべきではなく、法の根源を自然に求めなければならないと説く。もしもキケロが今の日本によみがえり、毎年多数の成文法を定めては人々の行動をこと細かく規制する様子を目にしたなら、呆然とするのではないだろうか。

キケロはギリシャ人から多くの思想を借用したが、独自の重要な思想もいくつか提唱した。ギリシャの哲学者たちは、社会と政府はほぼ同一のもので、ポリス(都市国家)において統合されると考えていた。これに対しキケロは、政府は管財人のようなものであり、社会に仕える道徳的義務を負うと宣言した。つまり社会は政府よりも大きく、独立した存在なのだ。

それを踏まえて、キケロは、政府が正当化されるのは私有財産を保護する役割のためだと主張した。著作「義務について」(泉井久之助)では、「国政にあたるひとが何よりも心しなくてはならないのは、市民がおのおの自分のものの所有権を確保し、私人の財産が公的な手段によって侵害されないようにすることだ」と述べている。

他方、政府が「一方から財産を取り上げて他方に与えるような非道」を厳しく批判する。たとえば、農地に関係する法案を用意して現在の所有者をその座から駆逐しようとしたり、貸金を借りた人間への贈与にさせようとしたりする者たちは「国家の基礎をあやうくする」という。これもキケロがよみがえり、政府が膨大な規制で財産権の行使を妨げている有り様を知ったなら、愕然とすることだろう。

政府が人々の財産を守るどころか理不尽に奪う行為は、政府の定めた法律では合法でも、最高の法である自然法には反する。そのことを言い表す有名なたとえに、キケロは「国家について」で触れている。アレクサンドロス大王が海賊をとらえ、いかなる邪悪さに駆られて海を脅かしているのかと尋ねたところ、海賊は少しもひるまず、「あなたが全世界を脅かしているのと同じ邪悪さによって」と答えたという。乱暴な権力者に対する鋭い批判だ。

キケロはローマの終わりのない戦争政策を、次のように非難した。「言いにくいことだが、我々ローマ人は、将軍や官吏が放縦な行いをしたために、外国で嫌われている。敵国に対して軍隊を派遣するのは、同盟国を守るためなのか、それともむしろ略奪の口実にするためなのか。我々が征服した国でいまだに豊かな国や、我々の将軍が征服しなかった豊かな国をひとつでも知っているか」。ローマと同じように国外で戦争を繰り広げ、横暴に振る舞う、現代の「帝国」の指導者は耳が痛いことだろう。

キケロの思想は、エラスムス、グロティウス、ジョン・ロック、モンテスキュー、ジェファーソンといった個人主義・自由主義の思想家たちに受け継がれていった。だが19世紀後半に帝政ドイツが大国として台頭すると、時代遅れとみなされるようになる。例えば、ノーベル賞を受賞したドイツの歴史家モムゼンはカエサルの熱烈な崇拝者であり、キケロの共和主義を嘲笑した。今なお、権力者の横暴を糾弾したキケロよりも、征服者カエサルにあこがれる人が多いようだ。

それでも、キケロは西洋文明の礎を築いた重要な人物である。歴史家ジム・パウエル氏は「キケロは人々にともに理性を働かせるよう促した。良識と平和を唱えた。近代世界に自由の最も基本的な考え方をもたらした。自由に発言することが死を意味した時代、専制政治を糾弾した。2000年以上もの間、自由の松明を輝かせ続けた」と称えている。

<参考資料>

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