2024-07-28

ニクソン・ショックで失われたもの

1971年8月15日、米ドルと金の交換が停止された。当時のニクソン大統領が緊急会見で発表したため、「ニクソン・ショック」と呼ばれる。これにより、世界で米国だけがかろうじて維持していた金本位制は完全に失われた。それは健全な通貨の規律が失われた瞬間でもあった。

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金本位制とは、金を本来の通貨とする制度だ。中央銀行の発行する紙幣はいわば金との引換券で、一定量の金と交換が約束されている。中央銀行は紙幣を大量に発行しすぎると、金との交換を次々に求められた場合、保有する金が底をついてしまう。米国が金ドルの交換停止に追い込まれたのは、まさにそれだった。

大戦の終結間際、米国を中心とする連合国が戦後の国際通貨秩序であるブレトンウッズ体制を策定した。その柱として米国はドルを1オンス35ドルで金と交換することを約束し、ドル供給量の拡大に制約を課した。

1950年代後半から60年代にかけ、米国は国内消費の増加に加え、東西冷戦を背景に新興独立国へ莫大な経済援助を行ったり、ベトナム戦争で軍事費が膨らんだりしたことなどから、国際収支が大幅な赤字となった。各国は獲得したドルを米中央銀行の連邦準備理事会(FRB)に提示し、金への交換を請求したため、大量の金が海外に流出した。

米国は外交圧力によって外国政府からの金の交換要求を遅らせることしかできなかった。1950年代初めから1971年の金ドル交換停止までの間に、米国は金の保有高の55%を失うことになる。

この間、米国はドルの動揺を抑えようと、さまざまな防衛策を講じた。たとえば1960年から貿易収支改善のため、政府が優先的に米国製品を購入することを定めたバイアメリカン法(米商品優先購入法)の適用を始めた。また同時期、やはり国際収支改善のために、輸送に米国船の利用を義務づけるバイシップ政策が採用されたが、どちらも大きは効果は上がらなかった。

また、米国からの長期資本流出を阻止するため、株式や社債が発行される際に臨時税を課した。金利平衡税という。しかし平衡税の対象にならない短期資本の借り換えや直接投資が増加して、ドルの流出は止まらなかった。

手持ちのドルを金に交換する各国の請求に米国が容易に応じなかったため、各国はロンドンの自由金市場で金ドルの交換を行なった。そのためロンドンの金価格はじりじり値上がりし、米国の保証する公定価格と大きな差が生まれた。米国と欧州主要国はドルの信用を回復しようと1961年から金プール機構を作り、ロンドンの金市場で金売り介入を行った。

1968年になると、金取引がさらに拡大したため、金は1オンス35ドルの公定価格以外に自由価格を認める二重価格となった。自由金市場では金1オンス600ドルにもなった。ドルは市場によって事実上切り下げられたことになる。

米国から金の流出に歯止めはかからず、ニクソン大統領は金ドルの交換停止を宣言することになった。当時は一時的な措置の予定だったが、結局、現在に至るまで金本位制を放棄したままとなっている。

ドルは商品の裏付けから完全に切り離され、純粋な不換紙幣となった。FRBは民間人、企業、外国政府、外国の中央銀行からの金との交換請求にわずらわされることなく、ドルを自由に発行できるようになった。

一見よいことのように思えるが、ひとつ問題があった。お金を自由に生み出せる「打ち出の小槌」を手にした人間は、節度のある使い方をすることが難しい。予算のばらまきに走りがちな政治家なら、なおさらだ。ドルが大量に発行されるのと並行して、政府の債務が急膨張していく。

米連邦政府の総債務は1970年末に約4000億ドルだったが、2022年1月末に初めて30兆ドル(約3450兆円)に達した。約半世紀で75倍に膨張している。約30兆ドルのうち、国債など連邦政府自身の債務が約23兆5000億ドル、社会保障基金などその他の公的機関の債務が約6兆5000億ドルとなっている。また、外国に対する債務は約7兆7000億ドルあり(2021年11月時点)、そのうち日本に対する債務が約1兆3000億ドルと最も多く、中国の約1兆1000億ドルが続く。

世界全体でも債務は膨らんでいる。とくにここ十数年は2008年のリーマン・ショックをきっかけとする世界金融危機、2020年からの新型コロナ感染症の流行に対し、各国政府が財政による対策に乗り出したため、公的債務の増大に弾みがついた。

国際通貨基金(IMF)によると、2020年に民間部門を含む世界の債務は第二次世界大戦以降、最大の年間増加額を記録し、債務残高は過去最高の226兆ドル(約2京5800兆円)に達した。対国内総生産(GDP)比は28ポイント上昇の256%となった。

債務増加額の約半分は政府が占め、残りは非金融企業と家計部門だ。公的債務は今や世界全体の40%を占め、ここ60年弱で最大となっている。世界の公的債務は対GDP比で過去最高の99%に跳ね上がった。

債務拡大はとくに先進国で顕著で、公的債務の対GDP比は2007年の約70%から、2020年には124%まで上昇した。中国を除き、新興国・途上国の割合は比較的小さい。

IMFは2022年4月に公表した論評で、世界の債務負担が「危険な水準」に達したと警鐘を鳴らした。新型コロナ対策がいまだに多くの政府予算に重くのしかかるなか、ウクライナでの戦争を受けてリスクがさらに増したためだ。「負債の透明性を改善し、債務管理の政策および枠組みを強化するために、当局者による改革が急務」と呼びかけた。

しかし米欧日諸国は債務を削るどころか、ウクライナの戦争支援や物価高対策などに支出を増やしており、財政は一段と悪化する恐れが強まっている。

そうしたなか、ロシア大統領府は2022年4月29日、通貨ルーブルと金やその他商品の交換比率を固定することを検討していると明らかにした。

ロイター通信によると、ペスコフ大統領報道官が記者団との電話会見で「この問題をプーチン大統領と話し合っている」と表明した。ロシア中央銀行のナビウリナ総裁は記者会見で「いかなる形でも議論していない」と語っているものの、実現すれば、ニクソン・ショック以来の金本位制復活となる。

半世紀にわたる債務膨張への反省から、通貨制度の枠組みが大きく転換するのか、注目される。

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