2024-07-21

「戦争で経済繁栄」の嘘

「戦争は経済に利益をもたらす」という主張をよく耳にする。戦時には武器や弾薬、兵士の食糧などが大量に必要になり、それらを扱う企業が儲かる。さまざまな技術が戦争をきっかけに開発される。戦争が終わると、戦時中に破壊された多くの住宅やビルが建て直され、経済活動を刺激する――。だから戦争は悲惨であっても、国を経済的に豊かにする、というのだ。しかし、これは本当だろうか。

学校で教えない大恐慌・ニューディール

戦争が繁栄をもたらすという根拠の一つとしてしばしば持ち出されるのは、 第二次世界大戦中の米国だ。たしかに当時、米国の各種経済統計は改善を示しているように見える。しかし、そこには落とし穴がある。

最初に、失業率を見てみよう。1940年の14.6%から1944年にはわずか1.2%まで低下している。表面上は、戦時中に失業がほとんどなくなったように見える。しかし数字の背景にある現実を考慮すれば、額面どおりに受け取ることはできない。失業者が減った大きな要因は、徴兵などによって軍隊に入る国民が増えたことにある。

エコノミスト、ロバート・ヒッグス氏の著書(Depression, War, and Cold War)によれば、この期間、失業者は745 万人(公式統計)または462万人(民間統計)減少したが、軍隊の人員は1087万人増加した。民間の失業をなくすことが繁栄をもたらすと考えるとしても、民間人の失業を100人減らすために146人または235人を軍隊に入れるとは、異様なやり方だ。

しかも兵役は、民間の仕事とはまったく性質が異なる。しばしば肉体的・精神的傷害の危険にさらされるし、過酷な環境にもかかわらず報酬はわずかで、戦争が続く限り、やめたくてもやめられない。大戦中、米国人の死者は約40万人、負傷者は67万人に上った。兵役が民間の仕事をどれだけ補ったか、単純な比較はとてもできないだろう。

次に、経済成長である。米政府の公式統計によれば、実質国内総生産(GDP)は戦時中の1941年から43年にかけて、年率およそ20%という驚くべき勢いで増加した。44年も8.4%と高い伸びだった。

しかし、そもそも戦時に限らず、国内総生産やその前身の国民総生産(GNP)は定義上、政府が財政支出を増やせば増加につながる。それが経済を豊かにするかどうかは別問題だ。政府の公共事業が政治力に左右され、非生産的な用途に回されがちであることはよく知られる。

戦争中はとくにその傾向が強まる。第二次大戦中に増加した米政府の支出は、大半が兵器の購入と徴兵で急増した兵士への給与支払いに充てられた。しかし戦争関係の政府支出を統計に含めることには、経済学者の間に異論があった。とくに注目したいのは、GNP統計の生みの親である、ノーベル賞経済学者サイモン・クズネッツの意見だ。

クズネッツはつねづね、GNPは「平時の概念」であると強調していた。それによれば、政府支出をGNPに含めてよいのは、それが消費者向けの財購入か資本の形成に充てられる場合だけであり、軍事支出は原則除外しなければならない。その根拠をクズネッツは「(外敵から)生命や身体を守ることを、個人への経済的サービスとして語ることには無理がある。それは経済的サービスの前提条件であり、サービスそのものではない」と述べている。

クズネッツはこの考えに基づき、戦中・戦後の経済成長の修正値を試算した。1939年のGNPを100とすると、政府の公式統計(1990年作成の推計値)では戦時中の1944年に192.7のピークに達し、終戦直後の1946年に153.1に急低下している。これに対し、クズネッツの修正値は1942年に118.2(公式統計では150.8)、43年に117.6(同178.1)と公式統計を大きく下回り、一方で終戦後には1946年に146.5と前年比17%上昇している。公式統計とは対照的な推移だ。この違いはおもに、クズネッツが一部軍需品の高すぎる購入費を修正し、兵士への給与支払いを統計から除いたことによる。

戦時中、生活必需品が不足して国民が不自由で貧しい生活を強いられたことや、終戦とともに社会が繁栄を取り戻したことを考えあわせれば、軍事支出で水増しされた政府の公式統計より、クズネッツの修正値のほうが経済の実態をより適切に反映していることは明らかだろう。

最後に、個人消費だ。同じく1939年の実質個人消費支出額を100とすると、政府の公式統計(1990年推計値)では41年の110.5から44年の115.9まで上昇基調をたどっており、これをもとに「戦時中は個人消費が盛んだった」と主張する論者がある。

これらの論者が見落としているのは、公式統計が戦時中の物価上昇を過小に見積もっていることだ。戦時中、政府は物価統制を行い、商品の値段を人為的に抑え込んだ。軍事費を賄うため連邦準備銀行を通じて通貨供給量を増やした影響で物価に上昇圧力がかかり、国民の不満が強まったためだ。

闇市場では公定価格より高い値段で商品が売買されたが、政府が算出する消費者物価統計には反映されない。この結果、物価上昇分を差し引いた個人消費額は過大に計算されてしまう。

経済学者ミルトン・フリードマンとアンナ・シュワルツの試算によると、公式統計による物価上昇率は1943年で3.7%、44年で7.7%、45年で8.9%、それぞれ過小に見積もられているという。これに基づき1人あたり実質個人消費を算定すると、39年の100から41年に108.7のピークに上昇した後は42年に104.2、43年に101.9と低下し、44年も102.0にとどまる。これが戦時中の個人消費の実態に近いだろう。

以上が「戦争の経済効果」の実像である。大戦に経済効果があったとすれば、米軍需産業の輸出を増やしたことだろう。欧州の連合国は戦火にさらされ、生産能力が落ちたためである。米国政府はレンドリース法(武器貸与法)に基づき、総額501億ドルの兵器・武器、軍需物資を他の連合国に売却や貸与の名目で提供した。

代金と引き換えではなかったため、ルーズベルトは国民の同意を得るため、これは火事を消すために隣人にホースを貸すようなものであると説明した。しかし代金の支払いや物資の返却は結局ほとんど行われず、コストを実質負担したのは米国の納税者だった(ロバート・マーフィー『学校で教えない大恐慌・ニューディール』)。

クズネッツの修正GNPが示すように、米国経済が繁栄を取り戻したのは戦争が終わってからだった。終戦が近づいた頃、ケインズ経済学の影響を受けた多くの経済学者は、膨大な軍事支出がなくなる結果、米国経済はふたたび大不況に突入すると予想した。しかしその予想はみごとに外れ、戦後経済は力強く復活への道を歩み始めたのだった。

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