2017年5月11日木曜日

法の支配の神話

次より抜粋。
Robert Taylor, The Myth of the Rule of Law
(法の支配の神話)

どんなに強力な国家も、強引な力(brute force)だけで支配することはできない。イデオロギーに頼らなければならない。暴力は国家のあらゆる行動の背後にあるが、国民を最も効率よく収奪するには、それが国民自身のためになると信じさせればよい。

政府が強制する法の支配とは、神話にすぎない。「人治でなく法治による政府」など存在しない。法令はつねにそれを解釈する人々の偏見と計略(biases and agendas)に左右され、社会に独占的権力を及ぼす人々によって強制される。

国民は法律を中立・客観的な仲裁人とみなすと、国家権力とその収奪・寄生を進んで支持する。予測不能な無政府状態という怖ろしい代替案より、客観性という心地よい妄想(comfortable delusion)と、予測可能な法律の必要性を進んで受け入れる。

中央集権国家以前の私法制度(private law system)の下では、公衆に受け入れられなかったり行き過ぎとみなされたりした悪い裁定は、社会に強制されなかった。この仕組みは、私有財産保護に有益な法律を広め、悪法を駆逐することを可能にした。

しかし国家制度の下では、悪法の修正ははるかに難しい。法律をそのままにしておく政治的動機がある。裁判官、議会、警察がすべて国家機関(state apparatus)の一部なら、政府権力の範囲を広く、個人の自由の範囲を狭く解釈する傾向が強まるだろう。

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