2017年3月8日水曜日

布目潮渢・栗原益男『隋唐帝国』


重税国家の末路

重税は民を苦しめ、国を亡ぼす。世界帝国として栄えた唐も、その例外ではなかった。すでに盛唐の時代、詩人・杜甫は「朱門には酒肉臭(くさ)れど、路には凍死の骨あり」(p.240)と社会に忍び寄る影を認めた。その背後には苛酷な税があった。

唐で庶民に課された税は物納と役務があり、物納を役務で代替すると年150日、つまり1年の42%を拘束される「驚くべき強い規制」(p.201)だった。免税の代わりにほぼ同日数の兵役が課される場合もある。負担を嫌い逃亡する農民が相次ぐ。

唐衰亡に大きな影響を及ぼしたのは、塩の専売だ。塩をすべて国で買い上げ、官許の塩商人だけに売る。その際、それまで1斗10文にすぎなかった塩価に10倍の専売税を加え、110文で売り渡した。のちに300文程度に引き上げる(p.322)。

重労働に携わる農民には、塩は生理的に欠かせない。高価格の押しつけは打撃となった。専売の裏で、官憲の目をかすめて闇ルートで塩を流す多くの塩密売商人(私塩の徒)が活躍し始める。国に入る専売収入は、晩唐には半分以下になる(p.431)。

塩を安く売る闇商人は、庶民の人気を集める。そんな商人の一人、黄巣は仲間に呼応し蜂起する。黄巣の乱である。貧農や群盗を吸収し数十万の勢力となり、黄巣は首都長安に入り帝位に就く(p.442)。まもなく唐は約300年の歴史に幕を閉じる。

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